視点の多様化(長文)


『ものづくり』から、『福祉』という視点を加えようと、奮闘する学生であった。

 生業として、計測器開発という『ものづくり』から始まった。生活をかけているがゆえに、『ものづくり』を中心に据えた視点で周囲を見て、感じて、考えて、判断して行動していた。しかし、『ものづくり』の視点を保持しながら、『福祉』という視点をいかに加えていくかは、それなりの思考プロセスの違いを認めて行動する必要があった。
 


1994年3月15日発行

1993年度 社会福祉士科 卒業文集

真実の発露は自分と他者に勇気を与え得る
真実からの意見は他者との妥当の価値を持つ材料と成り得る

注意

 ・この文集は任意投稿により作成
 ・編集順序は学籍番号に準じる
 ・配布先・・・・社会福祉士科研究室内専任講師(3部)、クラス全員(16部)
 ・その他配布・回覧可能先・・・・社会福祉士科担当講師あるいは投稿者が認める者

社会福祉士科
荒井隆夫


深い泉の清新さとその源泉
はじめに

 この聖十字学院の受験の場所の確認をしに来たのが、受験の前日、昨年の2月の13日(土)でした。神奈川から直接新幹線に乗り、近鉄で四日市経由菰野駅に到着したのが午後7時半頃、みぞれの降るなか、例の橋を渡り川添の道をゆくと、街灯はなく、右にお墓があり、今世界で一番寂しいのは私ではないかと、ついぞ思いたくなりました。翌日、ここで試験に失敗すると、人生大変なことになるとついつい力が入りました。面接で覚えている会話は、「あの、もう会社の方は辞めてしまったのですか。」「福祉の実体はご存知でしょうね。例えば給与の面とか」「現実をよく知っていらっしゃったらそれでよろしいのですが。」という具合に、職業として福祉という道に入るには、その年齢とこれから得るであろう収入のことを心配されておりました。当然といえば当然の質問でしょうが、何と言ったらいいのか、核心を言われかえって勇気づけられたような気がしました。それから年齢のことがやはりあちこちで話題となり、実習中では「よほど事情がおありになるのね。」と寮母さんに言われたり、入浴介助中に湯船に大の物がぷかぷかと浮かんでいるのを手ですくって、どうしましょうかと尋ねると、「わあー、さすが落ち着いていらっしゃいますね。若い子だとこうは行きません。」とか、神奈川県から来たとわかると「湘南ボーイと呼ぼうかしら。でもボーイではないものね。」とか、まだ掃いて捨てるほどたくさん言っていただきました。しかし、先生方及びクラスのみなさんには、年長と言う事で、いろいろ気を使っていただいたことがあったと思います。おわびいたします。学校の机に座る事がうれしく、みなさんの若い笑顔、はつらつとした姿、等を見ていると、私も次第しだいに若返っていきました。これは先生方もおっしゃっておられました。入学願書の写真を見ると、とても同一人物だとは思えないと。私も思いました、もうネクタイは苦しいなと。
 私のこの一年間は、人生の方向転換の大事な一年間でした。先生方のいろいろな講義を聴くにつれ、17年間のエンジニア生活が染み着いた考え方につけ加えて、如何に人文学的な物の見方も可能にしていくかが、私のまず一年間のメインテーマでした。そして施設実習でのいろいろな経験を通じて、まず自分を見つめつつ、そこを原点として、周りを理解していく方法が私にとって一番混乱なく、新しい道に入っていけるパワーが得られるという結論に達しました。以下に私なりのその方法を記述しました。またさる小学校の先生は、月に一度、自分のクラス専用の家庭連絡用プリントに自分の周りで起きた出来事の意見・感想を気負う事なく素直な文章で書いておられます。私も、文章でどれくらい表現できうるのか、挑戦しました。少々長いと思いますが、趣旨を理解していただければ成功だと思います。
 42歳のつぶやきです。聴いて下さい


深い泉の清新さとその源泉

 この一年間、授業、実習といろいろな事を考えさせられました。中には、答に困る質問も沢山ありました。例えば児童福祉論(10月4日月曜)でプライムテンという番組の”胎児診断-あなたは命を選べますか”という題のビデオを見せていただいた。内容は、現在の進歩した医学では、出産前の時点で胎児検査をすれば、いろいろな障害を持っているかどうか(例えばダウン症児)判別可能であるというもので、それを知りつつ産んだ人、あきらめた人の話がリアルに語られており「どう思いますか。あなたならどうしますか。」という質問がありました。これに先駆けて障害者福祉論においても、”障害児教育の最前線-アメリカからの報告-すすむ早期発見”のビデオで、あわや感想レポートになりそうであった事を記憶しています。また社会福祉学特講Ⅱ(グループワーク)グループワーカーの理想的価値観の講義で「精神薄弱者(後、法改正で知的障害者と変更)の自己決定権ははたしてあるのかないのか。」という質問がありました。これらの質問を受けたとき共通にいえることは、自分の心の奥を無意識に探り始めることです。私はこれと同じ経験を入院中でも経験しました。私の周辺には、死と向かい合わせの状態にいると思われる入院患者がおりました。その中で向かいの個室の前の廊下に危篤状態の方の脈拍状態をみる機械が出してあり、そのカウント音の変化を聴いている時、深く理論的に考えているという状態ではなく、自分自身の”心の偽らざる状態”とでも言いたくなるような、そんなものを探している状態にいたような気がします。よく退院時、人が変わっているというのは、一度はこの状態を経験し、自分自身のことについて深く考えたからだと思います。このような”心の偽らざる状態”とは、如何なる状態なのでしょうか。またこれから生活していく上で、この心の状態は如何なる意味を持ってくるのでしょうか。
 この状態とは、「内省」とか「反省」とか呼ばれている状態であると思います。
我々はこの「反省」の状態にあることで初めて、”心の偽らざる状態”の奥底を「直観」できると思います。しかしながらこの「直観」を得るにはいろいろな知識と、方法を自分なりに獲得していく必要があります。私はある一つの方法を想い描いています。言葉では表現しにくいので、この場合に便利なイマージュ(言葉で伝えにくい事柄を頭の中でイメージとして伝える事と思って下さい。)で表現します。
 まず泉に入ります。そして徐々に自分を回転させて渦を作ります。その渦の外側に一つの経験を木の葉の上にそっと乗せ浮かべます。次第に加速し中心に引き寄せられ、ついには自分の内面に吸い込まれ、その奥底を穿(うが)ちます。次に別の知識を木の葉の上にそっと乗せ浮かべます。加速し中心に引き寄せられ、さらに深く自分の内面の奥底を穿ちます。ここでいう経験とは経験そのものと、その経験から得た知識、感情、意見、そして疑問です。それでは、この経験というものが如何なる物か、実際の具体的経験を通じて述べたいと思います。
 第1の経験として、最近NHKスペシャル番組で『驚異の小宇宙・人体Ⅱ・心と脳 ①「心が生まれた惑星」、②「知覚」、③「記憶」』を見ましたがそれについての得た知識・感情・意見・疑問を順次述べたいと思います。
 まず①「心が生まれた惑星」についてです。そのなかでラルフ・ソレッキという博士はネアンデルタール人を研究しているのですが、40年前北イラクのシャニダールという洞窟で9体のネアンデルタール人を発掘しました。その内2体が重要で1体は右腕を失い左目は盲目で火の番をしたりして他の仲間に守られていたそうです。もう1体はその周囲に8種類の花粉が発見されました。アザミ、コデマリ、オボロギク・・・・死者に花を手向けた証拠だそうです。死を見つめることにより、自然を見つめる眼差し、人間精神の起源、人間らしい心を持った初めての人類であったといっています。しかし彼らは我々の直接の祖先ではありません。我々の祖先はそんな彼らを滅ぼした巨大な前頭葉をもったクロマニヨン人です。前頭葉の働きは増幅装置の役目をしていて、感情を増幅したり、例えば人に優しくする感情をより優しくしたり、人を憎む気持ちを更につのらせ戦争をしたり、また目的の達成欲・知識欲を増幅したりして、科学技術・文明を発達させてきました。そして最後にソレッキ博士は彼の手記にこうしるしているそうです。「ネアンデルタールは死者に花を手向け、弱いものをいたわる心を持っていた。私たちが人間性というものを、もう一度見つめ直す事ができたとき、私たちの文明はシャニダールの花のようになにかしら美しいものになる可能性をひめている。」なにを我々は見つめ直すとよいのでしょうか。弱いものをいたわる心でしょうか。いたわる心というものをすでに我々は理解していると言えるのでしょうか。すでに我々は巨大な前頭葉を幸か不幸か持っています。この働きを優しい感情にのみ働くよう我々が意識を向ければ、いずれの日にかその見返りとして、その意識が遺伝子に作用して、すばらしい進化をとげられるのでしょうか。ソレッキ博士の、可能性を未来に託すような、すばらしい詩的な問いかけに我々は答えていく必要があると思います。その答を見つけ出していくプロセスは歓喜の伴う可能性であってほしいと願わざるをえません。
 以上を私はそっと木の葉の上にのせ泉に浮かべます。

 次ぎに巨大な前頭葉というキーワードを受けて②「知覚」に進みます。ここでは24歳の青年、岩下哲士さん、通称”てっちゃん”が登場します。彼は脳の左半分しか働いていません。彼は養護学校出身で、絵がたいへん好きです。彼の絵の対象はかならずてっちゃんの目で見つめられ、耳で聴かれ、触れられます。この様にして感覚を総動員して、てちゃんの心の目で対象を捉らえ、その後は何も見ずに一気にキャンバスに描きます。我々が目で見ている世界は動き、色、形、立体感覚等は脳の後頭葉で認識統合され、さらに側頭葉で聴覚、触覚と統合されることが最近の科学で明らかにされてきました。さらに古い脳の視床からは何に注意を向けたらいいかの情報を得ようと燈台の光のように前頭葉から後頭葉に80回/秒でスキャンしています。ここで意識的に注意を向けるという動作のときはかならず前頭葉が働いています。視床はその意識をつかまえ強いインパルス(情報)を所定の場所により強く与えます。このように、てっちゃんの心の目はてっちゃんだけの世界を形造ります。養老孟司東大教授は”てっちゃんの心の目は私のとは違います。本当に人がどのように世界を見ているのか心の底から知りたい。”とコメントしています。私もそう思います。がしかし、てっちゃんの絵を見てみると、対象と自分あるいは客観と主観の壁が取り除かれた思いに捉らわれます。てっちゃんの心の目が素直に私に届いた気がするのです。”命あるものが躍動するときは不思議な生命感に溢れている。”とナレーションが入りました。いずれにしても、何に注意を向けるかで、自分だけが形造る世界を持つとは思いますが、究極にはかならずその固有の世界も理解しあえるものが存在すると、てっちゃんの絵から告げ知らされたような気がしました。ではこの理解しあえるものとは何でしょう。
 このことを私はそっと木の葉の上にのせ泉に浮かべます。

 次ぎに③「記憶」です。ここではイギリスのケンブリッジ大学法学部に在学中に脳障害で倒れ、その時以後の経験を記憶できなくなった青年、ジェレミー・カスさんの話です。情報は海馬(かいば)と呼ばれる一種の中継所の様な古い脳の記憶器で一旦記憶しそれを経由して、眠っている間に大脳のメインメモリーにコピーされるそうです。この海馬が破壊されたため、したがってメインメモリーにも記憶できません。彼は常時テープレコーダーに自分の行動を録音し、日夜日記に一言もらさず記入します。つまり外部に脳の記憶器を移したわけです。彼の涙ぐましい努力を見ていると、いかに記憶がすばらしいものかがわかります。現に今自分で料理している順番でさえ忘れ、メモを残すといった具合です。彼が人生の最期を迎える時、どの様に人生を振り返るのでしょうか。考えてみると我々は個々自分の人生をいままで歩み、出会い、別離、新たな出会い、結婚と記憶の糸として紡いで来ました。この記憶はこれからの人生にどのような作用をするのでしょうか。記憶の特質といえば、何回も取り出し可能であるということです。私は昨年の10月21日クラスメイト3人と御在所岳にハイキングに行きました。湯の山駅でのジュース購入、蒼滝の雄大さと空の青さ、ロープウェイからの景色、山頂の紅葉と引き締まる空気、帰りの思いつきの温泉入浴、しかしどれもこれもクラスメイトの笑顔の引き立て役でしかありません。みんなの一つひとつの行動が、交わされた言葉がリアルタイムで周りの引き立て役と共に再現されます。これに伴い、その時の感情の生き生きとした動きまで再現されます。これからの人生、いつでもどんな場所でも、その感情に浸れるわけです。この時の山頂の写真が卒業アルバムに採用されました。私はその写真に記憶という副題をつけました。クラスメイトに感謝の気持ちを添えて。
 以上を心を込め、そっと木の葉の上にのせ泉に浮かべます。

次に第2の経験として「死」を取り上げたいと思います。私が実習に行ったある施設では、それからすでに2名の方が亡くなりました。福祉の現場ではこの死という場に遭遇することが比較的多いと思います。では他人の死ではなくて、自分と死とはどの様な関係にあるのでしょうか。誰でも人間は生まれながらにして、いつ執行されるかわからない死刑囚だと言われます。ところが自分の死があと数日だとわかった人の話を取り上げたいと思います。『マンガ・哲学ってなんだろう 著 御厨良一』の内容で昭和21年4月シンガポールのチャンギー監獄で絞首台の露と消えた若き学徒、木村久夫氏について語っています。「木村氏は京都大学在学中に召集をうけ、カーニコバル島に転身。そこで英語が話せる兵隊として、通訳をさせられたのです。人柄がよかった木村氏は、現地人とも仲良くし、英語の蔵書を多くもつインド人の家庭にも出入りして、盛んに勉強しました。島の子供たちも、彼に親しんでまつわりつくという状況にあったようです。しかし、英語ができることが一方では、彼の災いにもなりました。戦争間際に起こったスパイ検挙事件において、その逮捕・取調に通訳として関係せざるを得なかったのです。そして、この事件で、多数のインド人が処刑され、逮捕・取調・処刑を命じた上級将校は、責任を問われないまま、通訳の木村氏が戦争犯罪人として処刑されるという、奇しき運命となりました。彼は獄中『哲学通論』の余白にこんな感想文をびっしり記入しています。
 ・・・・吸う一息の息、吐く一息の息、喰う一匙(さじ)の飯、これらの一つ一つが今の私にとっては、現世への感触である。昨日は一人、今日は二人と絞首台の露と消えてゆく。やがて数日のうちには、私へのお呼びも掛かるであろう。それまでに味わう最後の現世への感触である。今までは、なんの自覚もなく行ってきたこれらのことが、味わえば味わうほど、このように痛切な味をもっているものであるかと、驚くばかりである。(中略)口に含んだ一匙の飯が、なんとも言えない刺激を舌に与え、溶けるがごとく、喉から胃へと降りてゆく触感と、眼を閉じてじっと味わうとき、この現世の千万無量の複雑な内容が、すべてこの一つの感覚の中に、こめられているように感ぜられる。・・・・」ここで私が感じることは、残り少ない生だと実感したとたん、実感していなかった一つひとつの行為が無量に意味を持ち、その行為が決して他人と取り替えることができない固有のものであり、一回切りの絶対的性格を帯びてくるということです。一匙の飯がそれを示しています。社会福祉の教科書に絶えず出てくるフレーズ”その人の人生は決して他人と取り替えることができない固有のものであり、一回切りの人生”ほとんど同じことを言っていると思います。このような実感を「実存」の一種と理解してよいと思います。さて「実存」とは何でしょうか。我々が使用した教科書『社会福祉援助技術各論Ⅰ』に”個別援助技術理論を支える背景となる理論に・・・・実存主義哲学・・・・”という下りがあります。キルケゴールから始まり、ハイデガーらに続く哲学ですがここでは長くなるので省きます。このように、「死」を意識することで、逆に「現在の生」を見つめ直し、たとえ他人の為に行為していることが、まるで自分の味わい深い人生としての行為意識に集約されてしまうという実感が生まれます。
 以上を私はそっと木の葉の上にのせ泉に浮かべます。

 第3の経験として「ポストモダン思想」について取り上げたいと思います。
竹田青嗣の『自分を知るための哲学入門 ちくまライブラリー』によれば「ボードリヤールによれば、現代の高度資本社会制度はもはや消費欲望のオートマティックな記号的増殖システムとなっており、どんな反抗もこのシステムに繰り込まれ、個々の主体としての人間はそこに生きる限りの破れ目を見いだすことができなくなっている。人間は結局なんらかのかたちで社会的な欲望として生きており、そうである以上、必ず欲望の総体的なシステムとしての現代社会に巻き込まれ、根本的にこれを改変することはできないのである。」「ここで一番恐ろしいことは、いままでの世界の捉らえ方は、どんな世界を動かす制度・構造も人為的に操作しうる(改変できる)という可能性を前提としている。しかしこのポスト・モダン思想においては、社会は人間にとって手が触れられないものとなっている。」と言っています。現代は車社会です。誰でもが車が便利なものであることは実感していますが、同時にディーゼル車のように有毒ガスを出し自分のみならず、将来を託す子供まで害を及ぼしていることも誰もが知っています。ゴルフ場もそうです。造る側もプレイする側も環境破壊の一端を担っていることはみな知っています。このままでいくと、環境のシステムの変化が人類や他の生命に死をもたらし、社会のシステムが我々の手ではなく、「環境の死」または「我々の死」をもってしか変化の可能性がないような、妙な実感が私にはあります。竹田青嗣はボードリヤールの消費社会論のような行き場のない悲観的なポストモダン思想を越えようとフッサールの現象理論を紹介しています。その結論として「ひとは現代社会の中でさまざまなかたちで不全感を持つ。しかし、このばらばらの不全感は、そのままでは社会に対する批判の根拠とはなりえない。わたしたちはこれを他人たちと交換しあい、関係の合理を求めながら、”ほんとう・よいこと”についての新しい普遍的な”ほんとう・よいこと”の妥当を導かなくてはならない。この妥当を見いだそうとする努力だけが、はじめて、ひとりひとりの人間の不全感を社会批判に向かわせる根拠をあたえる。そしてまた、この努力が生にとって意味のあるものだと信じる力が人間の”ほんとう”への欲望それ自体なのだ。」。自分の心の底を露にするということが、いい年をしてだとか、かっこが悪いとか、値打ちが下がるとかそういう気持ちであってはいけないと思います。正確に自分の思いを表現する技量は、福祉にとって特に大事であり、表現したいと思わざるを得ない問題が次々に表れます。その時他の人に表出しないと、自分だけの世界を造りあげ、独我論になり、結局は人に迷惑をかけてしまう恐れがあります。もう、「反省」が必要な問題にたいする感情・思いを自分の心に秘めてしまい沈黙し、むしろ目を背け、当たり触りのない問題だけを議論したり、世間話で本当の自分の気持ちをごまかしたりするという時代は過ぎ去ったと思います。現代は、世代を越え自分の感情・思いを表現する時代であろうと思います。そしてその互いにその妥当性を見いだすべく努力だけが、実は本当の自分を見いだしていることの証であると思っています。
 以上を私はそっと木の葉の上にのせ泉に浮かべます。

 このようにして次々と経験から得た知識・感情・意見・疑問を自分の内部に取り込みます。それは記憶となり、いずれの日にか、どうしても表出したくなる「直観」が心の奥底から聞こえてくる事を期待せずにはおれません。
 シュバイツアーは「生命の畏敬」という「直観」を得、生の哲学者と言われるベルグソンは「生命の躍動」という「直観」を得ました。我々は「生命の畏敬」や「生命の躍動」というコードから、今までの人生において、心に紡いだ経験で自分なりの概念を創りあげることは可能でしょうが、これは決して「直観」ではありません。これは知性というか、理性というか、それで理解したというべきでしょう。彼らは自分の得た直観を言葉やイマージュで説明しようとしますが、結局我々のほうから彼らがその「直観」を得た内面の深さまで降りていかないと、実感できない予感がします。しかも多分彼らの感じた「直観」そのものではないでしょう。しかし、てっちゃんの描いた絵の様に本質というものはお互いに理解可能なものではないかと思います。『生命科学と人間(中村圭子 NHKブック)』で「・・・・このように基本的なレベルで考えると、けっして人間だけが特別ではない。ほかの生き物とまったく同じものを基本物質として生きているのだという人間の位置づけができます。」と論じています。また我々が直面している環境問題を合わせてみると、やはり生命というものに関する「直観」を告げ知らされたいという心のエロス的期待があります。それは「生命の共感」とでも申しますか。そのようなものです。
 もう一度先ほどのイマージュに戻りますと、自分を回転させるそのパワーは何でしょうか。それは「直観」を得ようとする意識、あるいは得たいという欲求ではないでしょうか。その欲求にはいつも湧き出る心のダイナミックスが必要です。言い替えれば、回転を始めようとする加速が、「直観」を求める意識で与えられ、その回転運動の連続を、いつも湧き出るダイナミックなパワーの補給で与えられます。
一つの詩を紹介します。
「『青春』 サムエル・ウエルマン
青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方を言う。
薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな肢体ではなく、たくましい意志、ゆたかな想像力、炎える情熱をさす。青春とは人生の深い泉の清新さをいう。
・・・・
歳月は皮膚にしわを増すが、情熱を失えば心はしぼむ。苦悩・恐怖・失望により気力は地に這い、精神は芥(あくた)になる。
 霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ、悲歎の氷にとざされるとき、二十歳であろうと人は老いる。頭を高く上げ希望の波をとらえる限り、八十歳であろうと人は青春にしてやむ。」
詩の中にある泉の清新さ(たくましい意志、ゆたかな想像力、炎える情熱)を保つその源泉とは何でしょうか。これが先に触れたイマージュで言うところの”次々と、泉に木の葉と共に浮かべた経験”ではないでしょか。確かに人は人生においてかならず避けられない苦悩・恐怖・失望の経験は用意されています。その時は、心身ともにその感覚で満ちるでしょう。しかしその経験で人生を覆わずに、そっと泉に浮かべるのです。グループワーク特講の講義で先生もスケープゴートの経験をされたそうです。その時初めてスケープゴートの意味を実感されたそうですが、その経験をして初めてスケープゴートになっている人の気持ちがわかると言われました。苦悩・恐怖・失望の経験が人を創るとしたら、このように人の気持ちがわかるような捉らえ方、結果として気力は地に這い、精神は芥にならない捉らえ方を、自ら経験することだと思います。
そして、これから得るすべての経験を心のダイナミックスの泉としてとらえ、それで得た記憶の総力と、今まで得た記憶の総力を心の奥底のエロスに集中するためのインフラとしてとらえること。これが泉の清新さを保つための、一つの源泉ではないでしょうか。

おわりに
私が思いますに、人のため・福祉のためという信念でもって構築した建造物は、裏切り・苦悩・失望のため不平不満がムクムクと頭をもたげ、その建造物を容易に砂上の楼閣に変えてしまうと思うのです。哲学者ヤスパースは「私は他人とともにのみ存在する。一人では、私は何者でもない。」と自分の「直観」を述べていますが、私なりに言い替えると、”自分のエロスを追求していくと、他者の交わりのなかにしか自分の求める答は存在しないということがわかる”と解釈しています。自分の存在を追い求めることは、他者の存在を追い求めることになり、何も”人のため”というあらたまった信念は必要ないということです。ではエロスとは何でしょうか。エロスとは、何が真実なのか、何が善いことなのか、何が美しいのか求めざるをえない心そのものの事です。言い替えると、福祉に携わろうとする我々は、その心、つまりエロスを求め続ける求心力がないと、福祉という心そのものも持ちえないこととなります。その心を持ち続ける一つの私なりの手法、技法を”木の葉のイマージュ”として記述したつもりです。しかしこの”木の葉のイマージュ”は文中にもありますが、エロスを求め続ける持続力とエロスに近づく掘削力でしかありません。その心を持つための最初の灯火は本文中にもありましたが、”自分の心の奥を無意識に探り始めるとき”に生まれると思っています。そしてあとはこれを意識上に乗せればいいのです。福祉の現場はこの機会に大変恵まれていると思います。
 哲学者ヤスパースは「私は他人とともにのみ存在する。一人では、私は何者でもない。」と言いましたが、この他人という語を他者(自分以外の存在である全生命)に置き換えなければいけない時代だと思います。今年、小学校時代よく遊んだ、今は中学で先生をしている友人から「学校教育においても福祉は環境と並ぶ大きな現代的課題です。共にがんばりましょう」というはげましの年賀状を受け取りました。人と人との交流が福祉の本質なら、人と生命の交流が環境の本質です。シュバイツアーは「生命の畏敬」という「直観」を得、ベルグソンは「生命の躍動」という「直観」を得ました。まさに現代のためにあるような言葉です。しかし現代人はこのことを知性、理性として、コードではすでに十分に理解をしているのです。しかし「直観」としてはどうも理解しているようには思えません。いずれの時か、人と生命の交流という本質を環境からの「死」というメッセージでもって、つまり実力行使でもって知らされ、その時は交流をしようにもする相手がいないという想像が、本文中にも述べましたが、妙に実感としてあるのは、ボードリヤールあるいはガタリの思う壷でしょうか。こればかりは勘弁してもらいたいとお思います。

私は、こういうことを、講義、実習等を通じこの1年の間思いめぐらした訳ですが、テクノロジー出身の私としては、福祉に向かうための、どうしても通過しなければならない思考プロセスであったと思います。
 先生、クラスメイトの方々、本当にいろいろありがとうございました。先生におかれましては、これからもご指導ご鞭撻よろしくお願いします。クラスメイトの方々には、卒業してからも、是非、皆様が学んだ経験を教えて下さい。そして妻へ、以上が私の学んだ事です。ありがとう。

シャニダールの洞窟の周りには、ネアンデルタールが仲間の死に手向けた8種類の花の内4種類が、今もなお一面に咲いているそうです。
以上



勉学の日々

41歳で会社を辞めた。妻も子供たちもこの地にいたら紡ぐであろう思い出との別れを強いた。

社会福祉士を養成する専門学校で、必死の勉強をした。
その1年間は、社会福祉士国家試験の勉強というより、哲学の思考プロセスと格闘をした。
卒業式のとき、受賞するにふさわしい人物が現れた年にだけ授ける【 三重県知事賞 】なるものを受賞した。
その後、直ぐ国家試験が始まる。
試験の直後、「もし国家試験が不合格でしたら、先生の顔が利く施設に就職させてください。」と、こっそり学校の先生に相談したことを覚えている。
社会福祉士国家試験にパスし、社会福祉士となった。

しかし、【 三重県知事賞 】なる賞状とトロフィーは、一見学校からの応援歌に見えるが、今でも、妻と子供たちが私へ突き付ける正当な質問状なのだ。

”私たちは幸せ?”