2002年頃から、井上靖の小説 ”星と祭” に導かれ、湖北地方の十一面観世音菩薩を何年間に亘り、巡っていたのを思い出す。
高月町渡岸寺観音堂にある十一面観世音菩薩はことのほか美しく、三度訪れた。三度目は誰も周囲にいないので、覚えたての般若心経をこっそりとお唱えしたことがなつかしい。
この湖北地方は戦乱の焼き討ちに会った時に、お寺の仏像を地元の住人が守り抜き、現在まで引き継いできたことで知られている。それ故今も、住民が当番制でお堂の鍵を持ち、予約で拝観させていただくという観音様が多い。そういう根底にある観音文化が「観音の里」と言われる所以であろう。
観音経によると、観音さんは三十三の姿に変わることができ、場面場面で最も適切なお姿になり、もうダメだと思った瞬間に ”ねんぴーかんのんりき”で 必ず救うという最も頼りになる菩薩さんであると記されている。
また観音さんは人々を救うために如来にならない菩薩さんであるともきく。
神仏の前では、特に観音さんの前では、”もうちょっとこの世にいさせてください”とすがるその時が来るまでは、”いつも大変お世話になっています。”と感謝するしかない。・・・と心の片付けをするのである。
その感謝の意味で、六年前から日本最古の観音霊場、西国三十三所を出来る限り楽しく巡っている。
四国八十八カ所の「同行二人」と同様、いつも一緒の観音さまに感謝しながら。
観音さん(1)
●那智山 青岸渡寺(紀伊の国)
2013/05/05 第一番札所
西国三十三所巡りの第一番ということで、御朱印用掛軸を購入した。掛軸に御朱印をもらうことは、御朱印帳と比較して面倒であると徐々に感じてくるのである。
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青岸渡寺
御朱印用掛軸を手に
「補陀洛や 岸打つ波は 三熊野の 那智のお山に ひびく滝津瀬」 -
青岸渡寺から那智の滝を眺める。有名な景観だ。
今はどうなっているか分からないが、三重塔の中の展示はもう少し工夫をしてはどうだろうか。
●興福寺 南円堂 (大和の国)
2013/06/01 第九番札所
この日は2013年、南円堂が創建1200年の節目の年を迎えることを記念し特別公開であった。「南円堂」の本尊像 不空羂索観音菩薩坐像(国宝)を拝観したのは2度目であった。少なくとも1年に一回は拝観できるようだ。
●石光山 石山寺 (近江の国)
2016/11/12 第十三番札所
大本山 石山寺では 平成28年3月18日〜12月4日に、33年に1度の日本唯一の勅封秘仏 本尊 如意輪観世音菩薩 御開扉 特別拝観の期間であった。
もう、生きているうちにこの観音さんを見ることもない。きれいな紅葉の季節であった。
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石山寺ライトアップのポスター
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石山寺の日暮れ
「後の世を 願うこころは かろくとも ほとけの誓い おもき石山」
ライトアップまでは居れなかった。 -
石山寺の有名な景観
境内の奇岩はいわゆる石山の名の出た石で硅灰石である
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石山寺 本尊 如意輪観世音菩薩 御開扉
●成相山 成相寺 (丹後の国)
2018/11/04 第二十八番札所
●青葉山 松尾寺 (丹後の国)
2018/11/04 第二十九番札所
西国二十八番札所成相寺の認定イメージキャラクターの『成吉ソワカ 22歳』をご存じだろうか。キャラクターデザイナーはBUNBUNさんである。アニメーターの堀口悠紀子さんは実姉(代表作
「けいおん!」)だ。
松尾寺の僧侶に「わざわざ駐車代まで払ってご苦労様です。」とまんまと術中に嵌り、駐車代を取られ(いや、納め)御朱印をいただいたのである。墨が盛り上がっているので、備え付けのドライヤーでガンガンに乾かしていると、「下の布に穴があくぞ」と叱られ、「雨が降り湿度が高いと乾きにくい。前もって御朱印の場所のロウを布等でこすり取ってくると墨がなじみやすい。」とノウハウを教えられたのである。
何事も、その道のプロには敵わない・・・と管理者のいない『駐車500円』の看板を見ながら、ひどく納得し帰路についたのである。
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成相寺 美人観音として名高い聖観世音菩薩
「波の音 松のひびきも 成相の 風ふきわたす 天の橋立」
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成相寺 展望台からみた天橋立
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成相寺の運試し
欲張りすぎた。失敗することを考えてなかった。
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あんな大きな的どうして外すんだ、と誰もが…
3皿すべてあっち方向! 結果、貧乏で、家庭内はもめごと多く、病気がちで短命らしい。😢
後で気づいたが、後の祭り。前面から軽く投げるべし! -
松尾寺 本尊 座像馬頭観世音菩薩
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松尾寺 しっとり濡れた紅葉が美しい
「そのかみは 幾世経ぬらん 便りをば 千歳もここに 松の尾の寺」
●猛風山 粉河寺 (紀伊の国)
2019/01/06 第三番札所
●紀三井山 金剛宝治寺 護国院 (紀伊の国)
2019/01/06 第二番札所
高野山に上る道を左に見て、紀三井寺に至るまでの紀ノ川沿いの道は初めて通る道だった。初めて通る道はその体験がいきいきと記憶に残る重要なイベントと考えている。だから、なるべくいい所(例えば田園風景のすばらしさとか)を探し出しては、日本はいいなあと呟いている。
ところが、近くの山の中腹に巨大な太陽光パネルを発見した。そときは思わず「何を考えているんだ」と声を荒げてしまう。「先人たちが、何世紀にも亘って美しい景色を残してくれたのに、木を切り倒し、土砂崩れの原因を作り、20~30年後その廃棄処分はどうするんだ。子や孫たちに押っ付けるのか。馬鹿垂れ!」と車のドアを閉めて罵倒するのである。最近はその光景を見ると、薄目になり、黙って遠くを眺める様になってしまった。観音さんは何を思うのであろうか。
粉河寺の本殿の前には、「あけましておめでとうございます」と新年の挨拶が貼りだしてあった。
数日前の、子供・孫たちが帰った静かな部屋を思い出した。「先が見えない時代でも、 森羅万象すべてのことに感謝し、 人の為に生きてほしい・・・と。」
観音さんには、「いつも大変お世話になっております。お蔭さまで、家族一同、今まで無事でした。」と報告をしている。
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粉河寺 本尊は、千手千眼観音菩薩(秘仏)
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粉河寺 「大門」 重要文化財
「父母の 恵みも深き 粉河寺 ほとけの誓ひ たのもしの身や」
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紀三井寺 本尊十一面観世音菩薩(秘仏)
「ふるさとを はるばるここに 紀三井寺 花の都も 近くなるらん」
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紀三井寺 結縁坂(けちえんざか)の由来とは
紀ノ国屋文左衛門と紀三井寺の真向かいにある玉津島神社の宮司の娘「おかよ」の恋物語
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帰りに立ち寄った 根来寺
空海が入定後、約300年後高野山で真言密教を修めた覚鑁(かくばん)は、教学復興の拠点として現在の位置に根來寺を開いた。
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根来寺 名勝庭園
紀州徳川家から拝領した、名草御殿(なぐさごてん)に面した江戸時代の庭園。
●繖山 観音正寺 (近江の国)
2019/07/14 第三十二番札所
●姨綺耶山 長命寺 (近江の国)
2019/07/14 第三十一番札所
観音正寺にたどり着くには、どうも、車では二通りのルートがあったようだ。そのキツイ方を選択したと思われる。階段の途中から登ったのであるが、急でしかも湿度が高い。汗びっしょりになりはしたが、展望が良かった。近江の国が一望できる。裏山には観音寺城跡があるらしい。本堂に行く途中に、既に時期を過ぎ去ったと思っていた紫陽花が、最後の輝きを見せていた。
紫陽花を見るといつも、亡き先輩の庄司さんを思い出す。
その庄司さんのエッセイを下に記す。
ゴルフから帰って玄関に入ると紫陽花が活けてあった。
妻が活けたものか、娘かは分からないがふと、紫陽花忌と言う言葉が浮かんだ。
ー 古希にして 往年に帰す 紫陽花忌 -
「庄司君は人柄がよいからなぁ…、君、ATMやれよ」
時に眩しく感じていた上司のまた上司の□□さんからの言葉があんなにも私を元気づけ勇気づけてくれたかと往時を想う。カリフォルニアに駐在していた□□さんに手紙を書いたのは紫陽花咲く季節であった。
「庄司君、技術屋はね、ブロードでセンシティブな感性が必要なんだよ」そう言ってくれたのは高校の先輩の〇〇さんだった。その〇〇さんは紫陽花の季節に逝ってしまった。
同じ先輩の△△さんには「紫陽花の様に老醜を晒してもお前は会社に残れ、お前には為すべきことが残っている」と言われた。バブルがはじけて会社が苦しかったころだ。
社内の多くに批判されながら改革を進めたあの頃、社員は私に老醜を見たであろうか。
時を経て今なお内省する自分が居る。
人としての人格を課された「法人」の一員として、澄んだ心で会社の進むべき道を拓いて来れただろうか、ゴルフがそうであるように在りのままの状況を受け入れ、結果責任を自分に課し、力まず気合いを入れ、全身全霊を以って勤め終えたであろうか・・・と。
古希の命を授かり、今は肩の力が抜けている。
ー 紫陽花忌 思い出のクラブ 一閃す ー
(ATM/asynchronous transfer mode : 非同期転送モード) 記2016.6.8
ATMは庄司さんの下での最後の仕事であった。あと数年で庄司さんのこの歳だ。幸いにも、まだ福祉の仕事を続けられている。「在りのままの状況を受け入れ、結果責任を自分に課し、力まず気合いを入れ、全身全霊を以って勤め終えたであろうか。」今も大切な言葉だ。
長命寺も今回で三度目だ。本堂まで808段という案内板を眺めながら、脇道から三回目のショートカット。きっと何かある。
紫陽花は全て終わっていた。観音さんは秘仏で見たことはない。
家路につく前に近江商人の集落である五箇荘へ寄ってみた。
天秤棒による「持ち下り商い」、財をなしたあとでも、その基本の行商は決してやめることはなかったという。
基本を忘れないその行動は、豪商になっても華美に走らないその屋敷に現れていると感じたのである。
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観音正寺 ねっとり纏わりつく湿度
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観音正寺 御本尊 千手千眼観世音菩薩
「あなとうと 導きたまえ観音寺 遠き国より 運ぶ歩みを」
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観音正寺 近江の国が一望
標高432.9メートルの繖山(きぬがさやま)
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観音正寺 本堂の一歩手前に咲く
紫陽花の最後に見せる輝きか
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長命寺 千手十一面聖観世音菩薩三尊(秘仏)
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長命寺 眼下に琵琶湖
「八千年や 柳に長き 命寺運ぶ歩みの かざしなるらん」
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五箇荘集落
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五箇荘集落を流れる用水路
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五箇荘集落
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五箇荘 旧 外村繁邸
一日中ここで過ごしたいと思う
●壺阪山 南法華寺 【壷阪寺】(大和の国)
2019/10/06 第六番札所
●姨東光山 龍蓋寺 【岡寺】 (大和の国)
2019/10/06 第七番札所
壷阪寺は柳生にあると思っていた。実は明日香にあったのだ。
気付くのが遅く、すでに笠置の木津川沿いの伊賀街道(163号線)を走っていた。
24号線に突き当たるや、真南に向かう。
郡山まで続く都会的なビルや近代的な道路を目の当たりにして、奈良市の印象が激変した。
奈良公園中心の、歴史的な雰囲気のある奈良市は、なおさら貴重に思える。
養老孟司氏は「感覚所与を意味のあるものに限定し、いわば最小限にして、世界を意味で満たす。それが都市社会である。」と言う。昔ながらの雰囲気という感覚はこの近代的光景から意味がないと拒否されるのである。
しかし、都市社会から自然社会へ移るときに覚える感覚は日本人ならその感覚を拒否することはできないであろう。特に自然と共に歩んできた日本人はそう感じるはずだ。
明日香村を過ぎ高取山の中腹にある壷阪寺に到着。
「日本珍スポット百景」に紹介されている寺だけに、期待感倍である。
ホームページ日本珍スポット百景>「壺阪寺」でカオス的とは言うものの、クチコミでは好感度である。
寺院の真摯な紹介ビデオや真面目なインドとのお付き合い、樹々のきれいな剪定、無理のない様々な物の販売、わが国で最初の養護盲老人ホームの経営等々、見た目にカオス感があるものの、実は不思議と落ち着いている様子が印象的だ。
高取山(583.6m)の山頂にある日本三大城跡の一つ「高取城跡」まで足を延ばした。[進入禁止]の表示で車を降り、そこからしばらく登山。友人のMN君の解説付きで訪れたかった所である。桜・紅葉の季節に再度訪れたいと思ったのである。
飛鳥駅前で遅い昼食を取り、明日香村の岡寺へ向かった。
お化粧でもしたような、如意輪観音座像の二度目の対面であった。
このお寺で11番目の御朱印をいただいた。
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壷阪寺
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壷阪寺 本尊は十一面千手千眼観世大菩薩
眼病に霊験あらたかな観音様
「岩をたて 水をたたえて 壺阪の 庭にいさごも 浄土なるらん」 -
壷阪寺
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壷阪寺 お里・沢市の像
浄瑠璃や浪曲の「壺阪霊験記」
〽妻は夫をいたわりつ夫は妻に慕いつつ -
壷阪寺 八角円堂(本堂)から二上山を望む
一番奥に青く見える二つの山頂 「うつそみの人にあるわれや明日よりは二上山を弟世とわが見む」大来皇女
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高取城跡 日本三大山城の一つ
日本最強の城「高取城跡」は、標高583.6mの高取山の山頂に築かれ、城内周囲は約3kmにも及ぶ
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高取城跡
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高取城跡
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高取城跡
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岡寺 日本最初の厄除け霊場
「けさ見れば つゆ岡寺の 庭の苔 さながら瑠璃の 光なりけり」
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岡寺 如意輪観世音菩薩
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岡寺 明日香の町並み






































