歳時記(4-3)

歳時記(4‐2)の続き

(更新日2022/11/26)【歳時記(4-3) 】新規頁
♬ 泰運寺の紅葉と蓮(はちす)ダム 2022/11/26 (土)

泰運寺の紅葉

もう後がないと焦り、今年最初で最後の紅葉狩り、人生初めて泰運寺に出かけた。
飯高町波瀬という奈良県に近く、山寺である泰運寺の紅葉は大変有名である。

この地が「室生赤目青山国定公園」であると初めて知った。

泰運寺までの林道1.7㎞には、三十三観音の石仏が配置されており、泰運寺の園地にも、あちこちに観音の石仏がある。
この奥深い山寺に厚く積もったもみじの落葉、この時ばかりはその落葉を座布団のように敷いてほっこりしている観音さん。
牙が生えている馬頭観音も、可愛い八重歯に見えるのである。

山口誓子が詠んだ句「七萬の 鐘の字が鳴る 紅葉山」
次の写真に映っている八角梵鐘の表面をよく見ると、文字が見える。

♬ もみじ散り観音さまの埋もれしか暫し休めや山寺の彩に


蓮(はちす)ダム

帰りに寄り道をすることにした。
櫛田川沿いの国道166号をしばらく下ると、蓮川が合流する。ここで右にハンドルを切って蓮川上流に向かってしばらく進むと蓮ダムに到着する。
妻は自称ダム女である。
それには理由がある。
土地改良区に務めているので、理事研修の際しばしばダム管理の研修をプログラムに組むからである。
土曜日にも関わらず、平気でダム管理所の鉄製とびらのかんぬきを外し、管理所の扉のチャイムを押す。
私は離れたところで他人の振りをしていても、管理人さんも慣れたもので、あらかじめ資料とダムカードを2部用意して玄関を開けて渡してくれる。
きっと、複数の監視カメラですべてを見ているに相違ない。

蓮ダム管理所のすぐ横から、展望台へ上る階段があり、以下2枚が展望台からの写真である。
そこからの景色を眺めていると、過去のことを思い出す。

蓮ダムを越えて県道蓮峡線をさかのぼっていくと、その終点に蓮(はちす)という集落(昭和62年頃廃村)があった。その集落でギターマンドリンクラブの合宿をして、アブに刺され足から血を流しながら練習したことが懐かしい。
宮の谷渓谷をトレッキングしたこと、スメールの近くにあった怪しげな洞窟にある美術館に行ったこと、身体によいとされる水を汲みに行ったことも思い出す。

♬ 宮の谷ギタマン合宿美術館過去は遠くに汝は横にいる

昼食として、松阪一志線の道路沿いにある有名なカレーうどん店に入り、泰運寺の紅葉と蓮ダム巡りの締めとしたのである。


 卒寿・米寿のお祝い 2022/11/27 ()

11月27日(日)に妻の父親の卒寿と母親の米寿のお祝いをした。

妻の兄夫妻のうち、兄は神棚の前で遺影参加、その妻はケーキを持参。
妻の弟夫妻は長野県からリモート参加。
日頃から父母がお世話になっている叔母夫婦の参加。
そして、妻と私という内々のお祝いである。

♬ 父母(ちちはは)の卒寿米寿の祝い膳電波霊波にのせて届ける


(更新日2022/12/28)【歳時記(4-3) 】 に追加
しばし、同志よ休息を!

2022/11/23(水)右手人差し指の爪を負傷し、ギターの先生に修復に2.5ヶ月程度かかる模様と伝えた。
しかし、中指の爪を眺めると、何と1mm程度横方向に亀裂が入っている。
中指よ!お前もか!
今まで数え切れないほど経験した諦めの気持ち。
しかし今回は先生から、自分が原因ですので、悔しいやら情けないやら、の感情にいつもなります。」との言葉に勇気づけられる。
少なくとも、練習開始は来年の2月頃から。
それまで、椅子・爪磨き・ギター・譜面台・足台・音叉・メトロノーム等の同志よ!しばし休息を取ってくれ。

♬ 嬉しさにしばし同志よ休息をもう諦めぬ晴れの日を行く

(更新日2022/12/29)【歳時記(4-3) 】 に追加
母の退院

2022/12/20は右鎖骨骨折及び第2腰椎椎体骨折による入院リハビリからの退院であった。
入院中の認定調査は要支援2から介護度4になっていた。
有難くない飛び級である。
退院までに家の整理をしていたのは大正解であった。
これから試行錯誤の始まりだ。

和田秀樹こころと体のクリニック院長執筆の「70歳が老化の分かれ道」に記載されていたが、介護にのめり込むのは良くないといっている。
余裕を持って笑っていられる生活がお互い一番いいのだろう。
二回目の自治会長として、三人の成年後見人として、要支援2から介護度4になった母親との暮らし、ようやくつかみかけたギターの演奏、ちょっとした日帰りの旅、友人との語らい等々、やらなければならない事・やりたい事が山ほどある。
妻も仕事と実家の両親のことでやるべきことが極めて多い。
しかし今は夫婦とも余裕がないが、冷静に分析・行動し取捨選択していこうと思うのである。