(更新日2025/01/01)【歳時記(7) 】新規頁
新年(2025年)の挨拶
今年の挨拶には三重県の丸山千枚田を伊勢型紙のデザインにし、それに短歌会2年目である短歌を載せて送ることにした。
この様な、自分の表出が出来る間は、挨拶を送りたいと思う。
さて、ギターの復活をしてまる2年を超えた。
合奏は楽しいが、練習は若い頃の何倍かはかかる。
短歌も伊勢型紙も楽しいが、残りの短さを思うと寂しさも加わる。
成年後見人の仕事もいつ私に後見人を付けてもらうかもしれない状況になるとも限らない。
以上の楽しいことも、健康でなければその入り口にも立てない。
食べそして排泄する。その基本サイクルに困難を生ずれば、人はたちまち窮地に立たされ、それに呻吟する。
古希を過ぎ、ギターを弾く、短歌を作る、伊勢型紙をデザインし彫る、成年後見人を引き受けるなどが今も可能であることは、心身の健全さをかいくぐって得られる奇跡であろうと改めて思う。
しかし、以上の活動が、心身の健全さをまた家族や友人との関係などを支える側になることも今更ながら思うのである。
以上、切実に感じながら新年を迎える。
歳時記(7)
(更新日2025/01/01)【歳時記(7) 】 に追加
静かな正月 2025/01/01
三人で新年を迎えた。

(更新日2025/01/06)【歳時記(7) 】 に追加
自治会総会 2025/01/06(月)
自治会長として最後の日である。
今回は自治会長と会計を兼務していたので、私一人で総会を仕切らねばならなかった。
無事全ての報告・議案が決議され、残すは今週に設定してある「会長の引継ぎ」と「会計の引継ぎ」である。
やれやれである。
思えば過去平成27年と平成28年の2年間、そして今回令和5年と令和6年を含め合計4年間の自治会長であった。
(更新日2025/01/21)【歳時記(7) 】 に追加
三兄弟揃う 2025/01/13(月)
(更新日2025/02/02)【歳時記(7) 】 に追加
コロナに罹患 2025/01/22(水)
1月21日(火)に津市民ギターの先生からコロナとインフル感染者が出て、日曜日のひさい音楽祭の出演は中止というLINE連絡があった。
その夜咳込み、翌日ホームドクターに掛かり、コロナと判明した。
早速、アンサンブル・カローレに、ひさい音楽祭に荒井は出演できないと連絡したのである。
昨年の妻のコロナ対処方法に沿って上階の部屋に立て籠もりをした。
妻は昨年の罹患から4ヶ月経過していないので、免疫があると信じて、しかし十分な対策を講じて、母親の介護をしてくれた。
その分自分(妻)の実家の介護が手薄にならないよう、親戚にお願いをし、また仕事も頑張った。
5類になったのであるが、私にとっては今まで初めての経験・「せん妄」状態になっていたようである。気が付けばベッドから滑り落ちギターリストの大切な爪を割り、また母親のリハビリパンツを履いていた時もある。
また、妻にはひさい音楽祭のアンサンブル・カローレの演奏を録画してもらった。
これを、アンサンブル・カローレのグループLINEにプレゼントしたのである。
今回も、食事ができ、介護ができ、誰も感染せず無事乗り切った。
改めて妻に感謝をし、また妻の親戚にも感謝をしたのである。
(更新日2025/02/03)【歳時記(7) 】 に追加
デイサービスで転倒 2025/02/01(土)
土曜は母親のデイサービス利用日である。
同じく土曜日の午前中はアンサンブル・カローレの練習日であり、よって練習に参加出来ている。
練習の後片付けをしているときに、母親が転倒したと連絡があり、即施設に急行した。
車いすに乗せられ、近くの整形外科に受診をしたのである。
左胸・左大腿骨等レントゲンの結果異常なしであった。
施設もホッとしたことだろう。
しかし、痛みが強く歩くことが出来ず、家では寝たきりになってしまった。
あまり痛がるので、脊椎圧迫骨折の入院でお世話になった総合病院の診察(CTスキャン)を受け、肋骨骨折と判明した。
デイサービスには毎日車いすで行くことになり、入浴とリハビリのサービスを受けている。
(更新日2025/02/03)【歳時記(7) 】 に追加
観音さんの節分会 2025/02/02(日)
午前中は津市民ギターの練習である。
2025/02/16(日)津市民文化祭で演奏する曲を練習している。
午後3時は節分会による豆まきである。
昨年は紅白の餅で怪我をされた方が見えるらしく、今年は残念ながら紅白の餅は撒かれなかったが、下記写真のように福豆はゲットした。
夜にはその福豆を手に「福は内」「鬼は外」と人生何回目かの豆撒きをしたのである。
(更新日2025/03/27) 【歳時記(7) 】に追加
笠松河津桜 2025/03/23(日)
残念ながら、母親の妹の体調が悪く一緒に花見にこれなかった。
母親も足が痛むらしく、車いすでの外出となった。
(更新日2025/04/02) 【歳時記(7) 】に追加
登茂山公園 2025/03/30(日)
この地は2021/02/07に展望台巡りの一環として、この地を訪れている。
今回も、前回と同じように二見の「民話の駅 蘇民」で下に掲載の草餅等の昼食を買い求め、今回は「桜」を目指したのである。
【内桐垣展望台】
この展望台は、慕情が丘といわれ「登茂山の夕景」が心のふるさとを思い出させるという。
残念ながら、付近には桜が少なく、しかも今はかなり風が強い。
昼食も、前回同様に鳶が食料を狙っていることが判明した。やはりこの地は鳶の「狩り場」である。
再度、草餅をとられたらたまらない。
我々はともやまビジターセンターのある登茂山園地に移動した。
【登茂山園地】
ほぼ満開の桜の下で記念写真を撮り、昼食をとり帰宅をした。
母親は疲れたのであろう、早々とベッドに入って寝てしまった。
(更新日2025/04/06) 【歳時記(7) 】に追加
松坂城の夜桜 2025/04/03(木)
昨年は津市の偕楽園公園の夜桜であったが、夜店が多く子供たちや若者たち向きであった。
高齢者は人が少ない松坂城の夜桜が良い。
(更新日2025/04/10)【歳時記(7) 】 に追加
三兄弟揃う 2025/04/06(日)
大阪から今年2回目のお墓参りである。
前回と同様、息子の家族3人とで来訪であった。
母親は今年2回目の顔合わせであることをすっかり忘れていた。
(更新日2025/05/25)【歳時記(7) 】 に追加
母親 午前通院、午後大腿骨骨折!2025/04/30(水)
何とも忙しい一日であった。
今までN病院に3回入院している。
①鎖骨骨折兼腰椎圧迫骨折(第二椎体)
②腰椎圧迫骨折(第一椎体)
③左膝蜂窩織炎
その後、転倒で肋骨骨折と膝の原因不明の痛み(膝の人工関節の不具合発生か?)で通院。
本日は午前中に予約通院日でレントゲンでの診察で次の予約日を決めて帰宅した。
ところが、昼食を部屋に運ぶと、ベッドの下で寝転んでいる母親を発見した。
両膝が人工関節なので一人では起き上がれない。起こそうとすると腰に痛みが走るらしい。
大腿骨の辺りである。嫌な予感がして、すぐ救急車を呼んだ。
N病院の整形外科の担当医に連絡が取れ、大腿骨骨折で即入院となり、翌日(5/1)手術と決まった。
全身麻酔で無事手術終了であった。
5月で自然に骨の修復を待ち、6月から歩行のリハビリになるという。
将来どうなるかは不安であるが、一方入院でほっとしている自分もいるのである。
(更新日2025/05/05)【歳時記(7) 】 に追加
荒井家2の孫たちだけで我家に来る 2025/05/03-04
駅に着くと、歩いて15分で荒井家のお墓まいり
5月4日は「じいじのとと」の命日である。
一番上の孫はまじかに迫るテストがあるという。
日付が変わるまで勉強をしていた。
翌日、散歩コース(川併神社 ➡ 稲荷神社 ➡ 延命地蔵尊 ➡ 戸木地区の田んぼの畦道)を行き
雲出用水から、
橋を渡り、森の中に入り、
やっとルーバア写真に登場
数分急登すると、
高道公園にでる。 (ここは「じいじの友達」がすぐ近くに住んでいた。)
その横が
久居中学校である。
「じいじのとと」と「じいじ」と「きみらのとと」が通った中学校の校門
午後から元気に父母のもとへ帰ったのである。
また来てね。
今度は山へ行こうよ!

(更新日2025/05/28)【歳時記(7) 】 に追加
丸山千枚田の第2作目(伊勢型紙)完成 2025/05/20(火)
丸山千枚田の第1作目と格段に難しい構図であった。
(更新日2025/05/28)【歳時記(7) 】 に追加
夕焼けがきれい! 2025/05/26(月)
自宅から見た夕焼けがきれいだったので、大急ぎで散歩コースの雲出用水に行った。
田植えを終えたばかりの田に写りこむ夕焼けの中、日が暮れるまで佇んでいた。

(更新日2025/05/28)【歳時記(7) 】 に追加
雲出井用水のホタルを求めて! 2025/05/23・28・30(金)
初日の23日は風があり肌寒くホタルの日ではなかった。案の定、ホタルの光は出現しなかった。
28日は20~30匹が光っていた。
30日も同様であった。
28日は我々夫婦の周りを旋回し別れを惜しんでくれた。
ホタルの放流に尽力され亡くなった山出さんだろう。
(更新日2025/06/10) 【歳時記(7) 】 に追加
斎王まつり 2025/06/07(土) 19:00~ 【斎王群行 夜の部】
午前中、アンサンブル・カローレの練習、午後から入院中の母親を見舞った後、津市民ギターの練習に駆けつけ、夕食後、夜の部の斎王群行を見に出かけた。
内容はほぼ昨年と同じであった。
華やかな衣装を身に纏う方々の中で、白一色でその群行に細かいところまで指示を出し、実質上まとめ上げるスタッフの存在が毎年気になる。
斎王まつりの全体を見ても、白一色の衣装を着たそのスタッフの振る舞いと気遣いが一番美しいのである。
そのスタッフはあの世から群行を見守る倭姫命ではないかと想像すると何とも楽しい。


(更新日2025/07/19) 【歳時記(7) 】 に追加
わが家の棚経(お盆参り)2025/07/11(金)
本日は天然寺和尚によるお盆参りである。
私の属する短歌会会員の大先輩に松井千×子さんが所属している。
その方の短歌に以下の作品(2024/08/28の×短歌会での作品)がある。
” 盆終わるそうか一夜の夢だった見返る背がもう角まがる ”
いつ思い出しても涙が出そうになる。
(更新日2025/07/19) 【歳時記(7) 】 に追加
おかげ横丁から高麗広経由剣峠を越えて 2025/07/23(水)
おかげ横丁の赤福氷
五十鈴川上流のとび石

高麗広
友人が幼いころこの地に住んでいた。
「高麗広」という題で二十首の短歌があり、その地その時期の光景がありありと目に浮かぶ。
久しぶりの訪問である。

剣 峠
剣峠から見た五か所浦の遠望


野口雨情詩の細道 五か所湾を取り巻く14箇所の詩碑の一つ
ー神路山越えまた来ておくれ乙女椿の咲く頃にー雨情
白滝
脇道にある白滝は今回初めて訪れた。
この地にも、野口雨情詩の詩碑がある
ー山にひびいて白滝さへも 水は砕けて花と咲くー雨情

昼食:伊勢志摩まぐろ食堂 in 五か所浦
(更新日2025/08/11)【歳時記(7)】 に追加
久居花火大会 2025/08/02(土)


(更新日2025/09/02)【歳時記(7)】 に追加
赤福氷 2025/08/24(日)
3か月の入院生活を経て、8月1日に退院した母親を連れて、おかげ横丁に行った。
この暑さで、しかも外での赤福氷は、何とも言えない美味しさであった。
