(更新日2024/08/28)【歳時記(6-3) 】新規頁
岐阜シティマンドリン35回定期演奏会 2024/08/18(日)
今日の午前中には、ラブレンドの練習があった。
午後からは、三重大学ギタマンの同期である市川善朗君から定期演奏会の招待を受けていた。
彼は現在岐阜シティマンドリン合奏団に所属しており、35回定期演奏会が岐阜市内で開催される。
妻の運転で伊勢自動車道の長島ICから長良川沿いに美しい川を見ながら岐阜市のサラマンカホールに直行した。
このホールの豪華さに圧倒されてしまい、一生に一度はここで演奏したいと思ったのである。
歳時記(6-3)
演奏開始前に運よく、市川君の奥さんと室屋君に会えて同列の席で演奏を観賞できた。

お互いLINE交換をし、三重大ギタマンのしかも同期卒の貴重な一瞬を写真に納めることができた。
また、学生に戻ったような、何とも楽しい時間であった。
しかし、同期の高見君と先輩の小坂さんに会うことができなかったのはいかにも残念であった。
その後、我々夫婦は鵜飼で有名な場所を訪れ、川原町の泉屋で鮎料理ディナーを楽しんだ。
そして、駐車場の背後にある金華山の岐阜城に別れを告げたのである。
(更新日2024/09/28) 【歳時記(6-3) 】 に追加
妻の完璧なコロナ対策(立て籠もり)
上司がコロナに感染したのが確実となったときに、職場から電話があり、上階の隔離部屋に籠もるのでTVを設置してほしいという要望があった。
濃厚接触者の妻は職場から帰る途中に紙製の食器を買い込んできた。これから妻への食器はこれを使うことになる。またこれから妻が接触したものはコロナ感染に備えて全て隔離部屋から外に出さないと宣言した。風呂も洗濯機も使用しない。トイレは上階にもある。
あと、食事であるが、私がドアの外から声かけをするか、電話で知らせるかしてドアの前に置くことになった。私が階下に行ったらおもむろにドアを開けて隔離部屋で食事をするのである。
その時点で、妻は実家の両親を近所・親戚・介護保険サービスの助けを借りながら介護しなければならない。従ってコロナが治るまでの間、スマホ片手に両親を看る段取りをするのである。
私は自分の母親を介護(通院、買物、食事、洗濯)している。
これからは、妻の食事の用意が追加となる。
数日後、妻は検査キットに反応が出た。
私には9月22日(日)に”マンドリンとギターの仲間大集合inつ”と9月23日(月)に"第30回中部・関西ギターフェスティバル in mie"という演奏会に出場する。
妻は母親を連れて見に来る予定であったが、私は母親に中止を伝えた。
私にコロナの症状がでたら、22日は出場をあきらめるが、23日(月・祝日)は全国のコンクールでの区予選であり賞状を作り渡す必要がどうしてもある。出場はあきらめても、別室で一人マスクとゴム手袋をして、こっそり賞状を作ろうかという覚悟だけはしておいた。
妻の立て籠もりのお蔭で、私も母親も9月20日の時点で咳も熱もなく体調も変らなかった。私も21日の時点で検査キットにも反応がなく、無事22日と23日の演奏会は終了した。
22日と23日の母親の食事は、朝早く起きて、朝と昼の2食分を作っておいた。妻の昼食は心を込めたパンであった。
その後の25日「短歌会」(母親はデイサービス)と26日「敬老会の準備会」(19:00~20:00)も無事終えることが出来た。
このように、妻が独りでコロナを引き受けたことについては、感謝しきれないのである。
私が感染していたらどうなっていたのか、今更ながらピンチに喘ぐ光景に身震いをするのである。
(更新日2024/09/29)【歳時記(6-3)】 に追加
誠之地区敬老会 2024/09/29( 日 )
誠之地区敬老会は高齢者部会の一行事であるが、それに関わった理由はこれである。
驚いたことに、それから一年経過した。
このホームページの目的の一つは【心の片付け】にある。
ボーとしていたら、その足元にも届かない・・・と反省しきりである。




(更新日2024/10/09)【歳時記(6-3)】 に追加
竹田恒泰氏の講演 2024/10/06(日)
公益社団法人津法人会創立70周年記念講演(講師:竹田恒泰氏)に親子3人(私・妻・母親)応募した。
母親は駐車場から三重県総合文化センター中ホールまで、シルバーカーで歩き切った。
が、「苦しい」と呟きながら倒れ込むように座った。
♬ 九十五の母と聴いた演題は『誇り高き日本の未来』
竹田氏は現在皇学館大学の非常勤講師をしているという。
また、事業として(株)前方後円墳を今年の4月1日に立ち上げている。
講演後、是非皇學館大学で聴講したくなった。
帰宅して、久々に『古事記』を開いてみた。あちこち開いてはその時代を逍遥した思い出の本である。

以下に掲載したのは、母親が古事記の読書会で勉強していたという本の一部である。
最終的に原文で読めたらと思うが、それは今更と思うので、母親の思い出として、ここに掲載するに留めておく。
母親は活字が好きで、今でも月1回津市久居公民館の自主講座(ふるさと歴史探求)を私と一緒に受講している。
(更新日2024/11/11)【歳時記(6-3)】に追加
七五三と私の誕生日と徳山ダム2024/11/03(日)~11/04(月)
孫の七五三
息子夫妻の末娘(七歳)の七五三である。
地元の津島神社に参拝である。
♬ 生まれけむすくすく育つは神のうち人に生まれし孫は七歳
じいじの誕生日(11/03)のお祝い
ぬくい温泉でリラックスし、「道の駅パレットピアおおの」で車中泊
道の駅「パレットピアおおの」は2022年倭姫巡幸の天神社参拝で寄った所でもある。

偶然の出会い
車中泊の目覚めは午前5時半頃であった。
よく晴れていた。
道の駅で洗面を済ませ、朝食はとらず、まずは市川君の家に向かった。
予定では、徳山ダム周辺の散策が終了し、もし母親のショートステイの迎えに間に合えば、市川夫妻を訪問する計画であった。
もしその時、在宅であればラッキーだ。
従って、家の所在だけでも前もって確認しておこうと思ったのである。
午前6時半過ぎに、何と彼の自宅直下の坂道を下る彼を見つけた。
彼は・・・目を丸くし・・・どうしてこんな時間にここに・・・という雰囲気。
家にお誘いしていただいたが、あまりにも早朝であり、彼ら夫婦の予定を思うと、失礼をさせていただいた。
我々の行先の道を教えてもらい、この偶然の出会いを胸に次の目的地に向かった。
しかし、こんな出会いはこればかりではなかったのである。
根尾谷断層
下記白黒写真と対応して断層が見えている。
根尾谷淡墨桜
誰もいない。
早朝の凛とした雰囲気に癒される。
これが車中泊の醍醐味である。
三重県の美杉竹原の淡墨桜はこの根尾谷淡墨桜を苗分けされたものである。
徳山ダムへ
道の駅「うすずみ桜の里:ねお」から県道270号をいく
道の駅はまだ営業準備中であった。
まだ朝食を食べていない我々を不憫に思ったに違いない。
自作の栗たっぷりの味飯おむすびを分けてもらった。感謝である。
徳山ダムにて
妻は土地改良区の研修でこのダムは二度目であり、この徳山ダム管理所の二階で説明をきいたという。
ダムカードも集めている自称ダム女である。
道の駅「星のふる里ふじはし」の徳山民俗資料収蔵庫にて
上記施設の拝観受付の方は、何と市川夫妻の奥さんと同級生ということであった。
本日二度目の偶然の出会いである。
湖底に沈む前の本郷147世帯の写真を前に、「ここが私の家、そしてここが〇〇子の家」と説明していただいた。
これにより、市川夫妻をより身近に感じたのである。
本郷の小学校が次第に湖底に沈んでいく写真が連写で掲載されていた。
来館者は声もなく凝視していた。
♬ 徳山のダムの湖面に入る光届け温もり沈みし学校
ショートステイを利用している母親を迎えに行く時間が迫ってきているため、市川君の自宅訪問はまた別の機会にすることを改めて伝へ、今回のすべての行程を終了したのである。
(更新日2024/11/21) 【歳時記(6-3) 】 に追加
誕生日11/03(Ristorante PREGOにて)祝 2024/11/13(水)
(更新日2024/11/21) 【歳時記(6-3) 】 に追加
'幸福の風'が吹く 2024/11/18(月)
一つの目的で集まる会ではない。
飲食を共にして、会話の中に人なりが直に感じられ、そして更に深まる。
今日は差入があった。
色とりどりの羊羹であるが、本人の名前の一部が入っている。
「〇〇富士〇」さん
国家資格の社会福祉士を目指して専門学校に通い、一年間勉学に励んだ同志である。
それから、はや30年が過ぎた。


(更新日2024/11/28) 【歳時記(6-3) 】 に追加
勤労感謝の日 2024/11/23(土)
本年度初めて我が街で見た日章旗。
(更新日2024/12/02) 【歳時記(6-3) 】 に追加
あるスーパーの風景
ふと、回りを見渡すと”じじい”が多い。
いつも買物でお世話になっているスーパーの一角である。
その位置から見渡せる買い物客を数えてみると、10名。
その内、6名が”じじい”なのである。
歳は全員十分に古希を超えて見える。全員カートを押して、黙々と立派に買物をしている。
この日本にいったい何がおこっているのか。
その時、数え忘れたが、私もその”じじい”であった。
(更新日2024/12/02) 【歳時記(6-3) 】 に追加
津市民ギター練習の風景 2024/12/01(土) am
今日が初練習という曲がある。
メンデルスゾーン作曲 劇付随音楽<真夏の夜の夢>より"結婚行進曲"である。
果たして、ギターだけで成立するのか?
えーい!もう一度、結婚するつもりで頑張るしかないではないか。
(更新日2024/12/02) 【歳時記(6-3) 】 に追加
小学校6年菊組のクラス会 2024/12/01(土) pm
2020年から4年ぶりのクラス会である。
幹事によると、30名に案内状送付したが、今回6名の出席であった。
次回は後期高齢者なる時期に開催し、それ以後は希望者だけ案内状を出すことに決めた。
参加には遠方・身体の事情・家庭の事情・クラス会への遠慮、等々いろいろとあるだろう。
しかし、出席することが出来なくても、返信ハガキの近況の欄だけは記載して欲しい。
そのことだけでもう嬉しいのである。
そのことだけでこれから生きる糧になるのである。
決して大げさな話ではない。
(更新日2024/12/02) 【歳時記(6-3) 】 に追加
母親の誕生日 2024/12/01(土)
母親は今日で96歳である。
デイサービスにおいて、11/30(土)に一足先に誕生日を祝ってもらった。
荒井家で一番の長寿となった。(今までは95歳が最長)

(更新日2024/12/29) 【歳時記(6-3) 】 に追加
正月の準備 2024/12/~29(日)
①餅つき(7臼)
②門松
③注連縄飾り3種(玄関・神棚・水廻り)
④仏壇(花飾り)、お墓の清掃と花飾り
➄鏡餅と伊勢型紙(棚田)

(更新日2024/12/29) 【歳時記(6-3) 】 に追加
大晦日 2024/12/31(火)
息子家族と娘家族合流
娘の家族(5人)は千葉から夫の実家(名古屋市)に帰省した。
30日には家族全員我家に一泊した。
31日に、愛知のあま市にいる息子家族(6人→5人:一人は受験勉強中)は先ずは妻の実家に挨拶し、のち我家に合流した。
我々夫婦と母親と加えて総勢13人となった。

午後2時~3時の間に相次いで帰って、残された我々夫婦は(毎度のことなので)母親とを含め総勢13人の戦場をかなり手際よく片付けたのである。
今年最後の散歩コース(16:20)
戦場から私は今年度最後の散歩に出かけた。この意味で散歩コースを逆打ちで締めることにした。
玄関を出ると、お日様が厚い雲に入ってしまった。
雲出井用水沿いの道から上を見上げると、南から飛んできた鷹が一点でホバリングを始めた。
そして東へ大きく旋回していった。別れと感謝には十分な時間であった。
お日様が再度顔を出した。
それから地蔵尊に1年間の家族の無事を感謝した。
川併神社では祭神と山の神へまたお稲荷さんへ同じく1年間の無事を感謝した。
神域にある椿の花の美しさにも感謝をして帰宅したのである。
日も暮れようとしていた。



