歌人としての友人
久しぶりに、わが家に彼を誘った。
その日は11月3日(文化の日)で私の誕生日であるが、やはり覚えていてくれた。
去る9月中頃、メールにてクラゲの映像が送られてきた。
コメントは「クラゲは綺麗でした。」のみである。彼らしい。
山形県鶴岡市のクラゲ水族館からであった。
「何故彼がクラゲ水族館に?」と疑問を持ち続けていたが、今回ようやくその疑問が解けた。
その近くに興味ある集落があったらしく現地に行ったが、何とクラゲ水族館の大規模駐車場の一角になり果てていた、というわけである。
近所の住人にその集落の話をすると、大変感激され家に招かれたということである。
まったく彼らしい話である。
以上を手始めに、しばらく会っていなかった分、たっぷりと話ができた。
前々から彼が短歌会に加入していることは知っていた。
最近は何と、6つの短歌会に加入している。
その中で、名古屋では有名な歌人が集まっている短歌会で詠い、伊勢では有名な歌人が主宰する短歌会で詠っているという。
彼は5年前から短歌を始め、幾つかのコンクールに入賞しているが故に、以上の有名な短歌会にも推薦されるという訳である。
その彼に、最近TVで放送(2022年6月6日)された、「あの胸が岬のように遠かった ~河野裕子と生きた青春」のドラマを見たと伝え、また「たとへば君 四十年の恋歌 河野裕子・永田和宏」の本を彼の前に置いたのである。
要するに、私も興味があるぞと伝えたかったのである。
引続き、私の尊敬する亡き庄司さんの短歌も観てもらった。
その短歌が載っているのは、『妻、子供、そして孫たちへ』という、庄司さんがご家族へ残された201ページに及ぶ本である。
(ご家族向けの非売品の本であるが、何故家族でもない私に送ってくれたかというと、私と庄司さんとのメールのやり取りを、4ページに亘り掲載してもらっていたからだと思う。)
その本の中には、短歌・俳句の章があり、短歌4ページの内1ページを下に掲載した。
いずれも秀作揃い、と友人はすぐに評した。
庄司さんがいつ短歌を作り始めたか分からないが、短歌を含むエッセイはいうにいわれぬ輝きを持つのである。
以前からそれは不思議だと思っていた。
友人は是非庄司さんの短歌を鑑賞したいということであった。
これで、彼という友人を通して、きっと庄司さんも生き続けるだろう。
これで気を良くした私は、私が最近詠んだ歌を観てもらった。
自分が詠んだ歌を目の前で批評してもらうのは、今までの人生で初めてである。
歌会という厳しさが推察される。
場所は伊勢神宮の宇治橋を渡った大鳥居から正宮に向かう道を玉砂利を踏みしめながら妻と歩いた道だ。
その玉砂利を踏む音を聴いていると、40年前の、結婚前の、知り合ったばかりの、リアルな二人にタイムスリップするのである。
―子安神社から同じ道を引っ返し、宇治橋の大鳥居から正宮に向かう玉砂利の道。―
♬ 内宮の玉砂利の音(ね)を聴きながらトレンチコートの腕を取る君
―内宮には玉砂利神がいるらしい。―
74歳の京都大学理学部卒の細胞生物学者という肩書きを持つ永田和宏氏が、40年にも亘る恋歌を発表せざるを得ない理由は、本人と妻が歌人だからだろう。
永田和宏氏の著書『たとえば君』の中にでも記載されている一首 わたくしは死んではいけないわたくしが死ぬときあなたがほんとうに死ぬ
を知ると、高名な歌人が詠う短歌は発表する義務がある-----とさえ思ってしまう。
私にとって、彼という友人は、今回の短歌のように、人生を彩るものを度々教えてもらえる。
庄司さんには、「きっと、おまえも短歌が好きになる。」と言われているようだ。
テレフォン レクチャー 2023/01/27(金)
その日は午前中(昼食まで)母親のデイサービスの日であった。
その時間を利用して、家裁へある成年被後見人の一年間の定期報告書を提出してきた。
家裁から帰宅して、ホッとしていた所に電話がかかってきた。
歌人の彼からである。
今年の年賀状に3首の短歌を載せたが、その電話はまさにその短歌についての短歌会の場となったのである。
というのは大げさで、実際は、私が年賀状に記載した短歌に対し、丁寧な指摘をしてくれた。
思い出して、まとめてみると、多分以下のような内容であったと思われる。
・短歌では、直接気持ちを記載しないで、その気持ちを推し量れるような言葉づかいを心がける。従って読者が作者の作品に感じるものは当然十人十色、読者によって異なるものである。
・独りよがりの短歌にならない作品をつくるには、出来る限り多くの著名な作品を沢山読み込む。
・短歌は歌であり、著名な歌にはその歌人の抑揚や個性が表現されており、それを感じる。それにはその歌を手本にして真似てみる。(多分著名な書家の書を手本にして真似て上達するようなもの、とその時理解をしたが)
・有名な短歌はいわば有名な絵画や書道のような言葉の芸術作品である。
上掲の短歌の心を忘れ、見習歌人が偽(ニセ)歌人にならぬよう、心しなければならない。にせものになるよりも、いつまでも見習歌人でいたいと正直思ったのである。
意外かもしれないが、現在若い人が多く歌人を目指している。従って短歌会もSNS上で多く開催されており、多くの短歌が飛び交っている。・・・と彼は付け加えた。
これから、一歩を踏み出すが、習作がいつ秀作になるか、彼の努力にかかっている。(-_-;)
冗談はさておき、先ず、一歩を踏み出すための本を紹介して欲しいとお願いをした。
午前中までのデイサービスを利用するときには、お迎えに行かなければならない。
それを彼に伝え、母親の迎えの支度をした。
あわただしい1日の後半戦に突入したのである。
ありがたい彼の助言であった。
短歌談義(2023/02/28)
5年先輩の歌人としてわが家に迎えたのは2回目である。
今回は、短歌の本を5冊持参してくれた。
・誰でも詠める短歌超入門(宇佐美 昭徳)
・今日から歌人!(江戸 雪)
・今日からはじめる短歌の作り方(田島邦彦)
・短歌入門(島田 修三)
・短歌の作り方(水野 昌雄)
彼のスマホには、自分が詠んだ短歌を何と1,800首納めているという。
一瞬が永遠になる
この言葉に憧れて、数多の見習歌人は短歌を詠むのだろうか。
と前に記載したことがある。
でも、彼が詠んだ短歌の数を考えると、その一瞬は一日に何回も自分に訪れるものの様だ。
その時の一秒・その日の一日を永遠にしていく。
無為に過ごす一秒・一日を、僅かな一瞬で、生きた人生に変えていく。
また、その短歌に触れた人も変えるような力が短歌にはありそうだ。
何年かしたら短歌会へという誘いもあった。
でも、”47年目でギターの再デビュー”からして何をかいわんやである。
昼食として、わが家のカレーライスを召し上がっていただき、彼のお孫さんの雛飾りをする時間まで、楽しい短歌談義を楽しんだのである。
また、近々愛媛県の松山の集落を一人で巡るという。こちらの町並み探訪も健在である。
羨ましい。
まだまだ、20㎞/日程度は平気で歩くという。
今からみやげ話が楽しみである。
彼が帰ってから、パラパラと借りた短歌入門の本の初めを読んだ。
それだけで、既に短歌の考え方が変った。
何と奥深いのだろう。
いや~楽しみである。