(更新日2023/01/01)【歳時記(5) 】 新規頁
♬ 新年(2023年)の挨拶
東欧での理不尽な出来事は、ホモサピエンスの行く末に危機感をもたらした。
そして、解決されないまま今年度を迎えた。
暗殺か、亡命か、それとも国際協調による経済制裁か。
大晦日、指揮者なしのオーケストラ 第九に挑む(副題:究極のベートーベンを追い求めて)というテレビ番組を見た。
想像通り、指揮者のいない曲づくりなんて想像に難くない。しかし、究極のベートーベンを追い求めるために、各々の演奏家に課せられた責任は極めて重い。個々のベートーベン像をいかに安易に妥協せずに一致させて最終的な究極の曲に仕上げていくのか。
同様に、この理不尽な出来事も、各国は安易に妥協をせず、解決に導いて欲しいものである。
いずれにしても、不安な気持ちのこの中で、日本国に求めたいものは、「常民の常識」に従い、国家の品格を築いてほしいということである。
そんな不安を癒す様に、二か月の間、里山の景色を伊勢型紙にデザインしながらコツコツと彫り進めた。
その里山は映画『阿弥陀堂だより』のロケ地があり阿弥陀堂がある飯山市福島新田の棚田から眺める景色である。
♬ 阿弥陀堂在りし想い出今もなほ伊勢型紙の里に集うや
また、上記のように、昨年から短歌に惹かれ、自称見習歌人と名のっている。
その見習歌人は学生時代においてはギターマンドリンクラブの一員であった。
今年は四十七年ぶりにギターの演奏の復帰も目指している。
♬ 残り火がフレアとなるやその日まで四十七年目ギターを抱く我
更に 、
(母の退院の中から再掲)
二回目の自治会長として、三人の成年後見人として、要支援2から介護度4になった母親との暮らし、ようやくつかみかけたギターの演奏、ちょっとした日帰りの旅、友人との語らい等々、やらなければならない事・やりたい事が山ほどある。
妻も仕事と実家の両親のことでやるべきことが極めて多い。
しかし、今は夫婦とも余裕がないが、冷静に分析・行動し取捨選択していこうと思うのである。
♬ 自治会長後見人に母親と伸びしろ疑う余裕もなし
昨年の12月29日から息子夫婦と孫4人がわが家に帰省し、元気で年を越した。
娘夫婦と孫2人は千葉で元気に年を越した。
これからも、無病息災でありますように。
(更新日2023/01/11)【歳時記(5) 】 に追加
♬ 令和五年 届いた年賀状から
「ホームページ拝見しました。これまで歩まれてきた足跡が見える創りで、オリジナリティーを感じました!」
ありがとうございます。仕切り直してというページに
何のことはない、生きてきたという痕跡への憧れと抗いの記録 であるようだ
と自己分析をしましたが、まさにおっしゃって頂いたことだと思います。
これからも、応援よろしくお願いします。
「昨年春から地元のギターアンサンブルに入会しました」
学生時代のギターマンドリンクラブで、憧れのテクニックと音色を持つ大先輩でしたが、昨年の春に地元のギターアンサンブルに入会されたのですね。一春先を越されましたね。
今年の春には、地元のギターアンサンブルとギターマンドリンクラブに入会する順番が私にも回ってきそうです。
「演奏会ありがとうございました。是非また一緒に演奏したいです。メンバーみんな待ってます!」
演奏会には夫婦で聞きに行きました。お誘いありがとうございます。思えば47年ぶりに合奏に参加できそうです。順調にいけば春からメンバーに加入させていただきたく思います。47年間という歳月に向かうと大変緊張してしまいます。
思えば学生時代のギタマンクラブでは同期でしたが、47年間の空白を考えると、今は見るも恐れ多い大先輩です。
メンバーの方々にできるだけ迷惑を掛けないよう合奏に参加したいと思います。
「一昨年、妻の妹と母が相次いで亡くなり、私たち夫婦は岐阜をメインの住処にすることにしました。
相模原での活動は大幅に縮小せざるを得ず、淋しい面はありますが、これからは岐阜のネットワークを広げ、第三の人生を楽しもうと考えています。」
彼は同じ電気工学科卒であり、かつギタマンの同期であり、マンドリン奏者の岐阜出身の美人お姫様を「がさっとさらって」妻にして、その地(相模原)に家を建てた友人であります。
夫婦が思い合って決心したこと、羨ましいぞ!。でっかい明日に乾杯!。
「ケアマネがんばっていますが、だんだんハードになってマス。」
彼女は聖十字学院社会福祉士科のクラスメイトで、現在出身の岡山市でケアマネージャーをしておられるそうです。
昨日、私の母親のデイサービスの件で担当のケアマネに大変お世話になり、今までの援助の数々、感謝に堪えません。
私が社会福祉協議会に勤めていた頃のケアマネの作業量と現在では比較にならない程多くなっています。
多くの方が援助を待っております。どうかお身体を大切にして長く勤めて頂きたく遠いところからではありますが、応援をしております。
「キャンピングカーでそのうち行かせていただきます。」
キャンピングカーでお越しくださいとお誘いしましたが、多分、私ども夫婦で2回目の訪問をさせて頂くほうが早いと思います。
自分の発信目的ではなく、あるサイトを閲覧したいが為に、Facebookの登録をしました。
しかしあちこち検索をしてみて、すぐに、彼のサイトにいきつきました。
彼のサイトの素晴らしさは、何といっても彼の投稿に対する友達のコメントとそれに対する彼のアンサーです。
誰の友達のコメントにも心がこもっており、そのすべてのコメントに彼の心のこもったアンサーで答えています。
津市から兵庫に生活が変わって、中学校教員、教育委員会、文化会館の館長、生涯教育センターの所長、宮司とその関係したすべての方々への対応が誠心誠意心のこもった対応であったことを物語っています。
このようなサイトをつくりあげた彼の人生に敬意を表します。
黙ってサイトを見ていますが、心のこもったコメントとアンサーのやり取りを感じることには、彼はきっと許してくれるでしょう。
♬ コメントに心がこもるアンサーに君の人生滲むサイトか
小学生の時、彼とよく遊んだどんど川は、昨年再びホタルが飛び交う場所になっています。
「お元気でしょうか お母様どうですか 寒くなってきましたからお身体の方 大事にして下さいネ
事務局にまたお顔を見せて下さい お待ちしておりますよ」
何とか、元気を持続できますよう考え中であります。母親は浮腫が酷くて足が倍に膨らんでおります。医師にサジェスチョンを頂きながら、手当に頑張っております。食欲は十分にありそれが安心材料です。
北風の中、最新のシューズと衣服でランニングを始めました。「まだまだ、若い者には負けへんで!」
退職してから、何度も事務局に行きましたが、いつもの処でいつものように頑張っておられる貴方を見ることが、何とも言えない喜びです。
(更新日2023/02/13)【歳時記(5) 】 に追加
朝ドラ「舞いあがれ!」で登場する短歌
ヒロイン「舞」とその友人である歌人「貴司」の間には短歌がうまく介在している。
それで、ノートにその短歌を書き取り、ネットで調べてみると、何と、著書「サラダ記念日」で有名な俵万智さんがしばしばツイートしているのである。いままで放送された短歌とその短歌に対する俵万智さんのツイートを、時間をかけてA4にまとめてみた。
その中で、最近放送されたドラマに対するツイートの一つを下記に掲載する。
舞ちゃんと同じような気持ちの短歌を思い出した。 #舞いあがれ
・恋などにしたくないので少年を悪くないのに悪友と呼ぶ 藥丸涼花
恋にしてしまったら友だちには戻れない…きつめにストップをかけるため悪友とまで呼ぶ。昨年の #牧水短歌甲子園 での一首です。
午前9:40 · 2023年2月10日
また、以下の記事が掲載されていた。
「作中の短歌は貴司(赤楚)本人ではなく、脚本を手掛ける桑原亮子氏の作でしょう。その桑原氏は歌人としても知られており、2011年には『歌会始の儀』で入選者10人に選出されたほどの腕前。桑原氏が詠んだであろう今回の短歌が貴司の気持ちを十二分に反映しているのも納得で、俵をはじめ視聴者の心に染み入ったのではないでしょうか」(前出・テレビ誌ライター)
テレフォン レクチャー 2023/01/27(金)で一つ書き忘れたことがある。
彼は、「日記を書けば」という。その日その日の起こった事柄やその時の心の動きが将来短歌の創作に役に立つという。
それについては、河野裕子さんの日記が第一に思い浮かぶが、その影響力は旦那さんを始め別格だろう。。
「舞」とその友人「貴司」は果たしてどうなるのか・・・その経過において、どのような短歌が詠まれるのか。そしてどのようにツイートされるのか。
それは一種ドラマという日記ではないのか。大いに楽しみである。
(更新日2023/02/14)【歳時記(5) 】 に追加
再び 令和五年 届いた年賀状から(2)
「久居の店舗を今年から活用して頂くことになりました
そこで若者達がDiversityの居場所を作ります
店名はBook Cafe『ひびうた喫茶室』4月にオープン
無農薬野菜を使ったランチ 雑誌の編集や 集まりの場も 楽しみです
WellBeingの実践 応援したいです」
手書きで「今年はぴょ~んと飛んでみたいものです いや跳んでみたいなぁ」と追記がありました。
いや、もう十分飛んで・跳んでおられますよ~。
若者達が多様性を謳う居場所を作り、応援するのは福祉の実践。
早くから、海外に目を向けておられたご夫婦でもあり、とてもらしいじゃないですか。
多くの若者と議論を重ねたことと思います。
本町通りでの実践・・・楽しみです。
「命とは夢のようだと思いながら、「命の秋」を生きています。
花にも風にも そして大地にも、表情や言葉があり 命があるのでしょうね
そして 私達も命を生きていく、変化していくのかもしれません。
遠くを見たり近くを見たり、ゆっくりゆっくり 今を楽しみながら・・・・
優しく心おだやかに生きていけますように」
手書きで「まだまだ現役でがんばって下さい!」と追記がありました。
思えば遥か中学生の頃まで遡りますが、私が病気で休んだ時にノートを見せて頂いた才女でした。
きれいな字と完璧な配置と的確な要旨で綴られているノートと、ぱっちりとした目といつも整った髪型の容姿は、今もはっきりと記憶しています。
それ以来、今まで姓が変わるも、上記の印象派の絵画のような年賀状は続いています。
私なんぞ、美しいものを見続けると、受ける印象は次第に薄れていきますが、しかし彼女はいつまでも新鮮で美しいと感じる天賦の才があるようです。
いつまで現役が続けられるかわかりませんが、まだまだ若いと自分自身に言い聞かせております。
(更新日2023/02/17)【歳時記(5) 】 に追加
朝ドラ「舞いあがれ!」で登場する短歌(2)
今日(2023/02/17(金))の朝ドラ「舞いあがれ!」はついに「舞」の告白からであった。
続いて「貴司」の告白である。
最後はその二人のシーンに次の「貴司」の短歌が詠われた。
・目を凝らす 見えない星を 見るように 一生かけて 君を知りたい
俵万智さんは朝ドラが見れない飛行機の中なので、先に下記2首をツイートした。
貴司くん(とリュー北條)に捧ぐ…
千億の星の一つになりたくて心が空を舞いあがる夜
一瞬の君の微笑み永遠にするため僕は歌い続ける
#舞いあがれ
午前6:07 · 2023年2月17日
ある投稿1
ドラマで号泣したあと、このツイートの歌でまだ思い出し泣き。素晴らしい短歌です🥹
午前8:35 · 2023年2月17日
ある投稿2
たった今あさイチで俵万智先生の今朝の2首の話もでてました〜たかしくんいつも感動してますって。
先生、最高です♡
午前8:35 · 2023年2月17日
ある投稿3
きゃああああああ❤️😍❤️
朝ドラみて、Twitterみて、万智せんせいの解説見てて、短歌の凄さに打ちのめされて、きゅんきゅんしてます💐
以上のように、この朝ドラは、少なくとも短歌に憧れる若い人を巻き込み、短歌で想いを伝えることの凄さを日本中に伝えたのではないか。
日本の伝統である短歌を、若い人が夢中になって詠っている現実を目の当たりにして、今更ながらに驚かされ、かつ日本という国の素晴らしさを再確認させられた。
最近買い求めた短歌の本がある。
パラパラと眺めてみると、下一段活用の字面が見える。
そう、高校で古典を放りだした筆頭原因である文法の短歌版『短歌文法入門』である。
しかし、この本の「はじめに」には『短歌との出会いは人によりさまざまですが、短歌との関係が深まるにつれて、「文法再入門」が始まるともいわれます。』と耳の痛い所がズバリ記載してあった。
まあ、みんなが通る道に乗っかっているのだなあ、と今は安心することにしている。
朝ドラではついに恋歌が出現した。
若い男が一生をかけて相手を知りたいという恋歌である。
しかし、前に記載した永田和宏氏は奥さん(河野裕子氏)を亡くしてからも恋歌を詠い続けている。
その恋歌の凄さに打ちのめされて、胸をきゅんきゅんする、いや、密やかに深く涙する高齢者もいるのである。
永田和宏氏本人は、河野裕子氏とともにまだ京都の岩倉の自宅で一緒に生きていると言う。
それは、永田氏の母校の先輩である哲学者西田幾多郎氏の有名な『絶対矛盾的自己同一』 (絶対に矛盾するものが、不可分な形で一つになっているありよう)を思い出す。
永田氏にとって、河野裕子氏は 人格的生命 として永田和宏氏の中で生き続けているのではないか。
一方、四十年にわたる恋歌は永遠に生き続ける。
ならば、今度は、我々の中で人格的生命として永遠に生き続けることになるだろう。
一瞬が永遠になる
この言葉に憧れて、数多の見習歌人は短歌を詠むのだろうか。
(更新日2023/03/13)【歳時記(5) 】 に追加
母親の近況
医療関係
膝から下の浮腫に関しては現在も格闘をしている。
さる2/8に、浮腫の原因を確定するために、かかりつけ医師の紹介状を持参し、医療センターで検査を受けた。
採血、X線、心電図、エコー、CTスキャンのデータを収集したが、血栓等の異常は見られなかった。
膝から下をなるべく高く、足首の上下運動と、なるべく歩く、という指導があり、これまでの内科・皮膚科のすべての見立てと同じとなった。
これで私の迷いがなくなった。
しかし、この医療センター内の机で左の浮腫部分をぶっつけて、傷と血種を作り、翌日浮腫のかかりつけ医師で外科的治療を受ける。
医師に教えられたように、傷口を消毒しパッドと弾力包帯で足先から膝までぐるぐる巻するが、パッドにリンパ液が滲み込み重くなる。日に2回現在も交換している。
その甲斐があって、練馬大根から普通の大根まで足が細くなってきた。
一方、右鎖骨骨折と腰椎圧迫骨折で入院し、昨年の12/20に退院したが、上半身のコルセットは装着したままで、1/25を経て2/25の外来でようやくコルセットは取れた。レントゲンを見ると骨が修復していく状態が良く分かる。がまだ外来で通う必要があるという。
週2回デイサービスに通うも、上記足の傷が治るまで、風呂は入れず清拭と着替えである。
リハビリ(歩行)はするが、昼食後は私が迎えに行き帰宅する。傷が治り浮腫がある程度よくなれば、お風呂と午後のレクに参加するということにしている。
内科では定期的に血液検査をし、糖尿、高脂血症、高血圧のコントロールをしている。
私の小学校からの友人がホームドクターである。
下記 最近の外出(リハビリを兼ねて)
ぎゅうとらへ小遣いを持って買物(適時に)
買物カート(丁度シルバーカーの代わり)を押して、好きなものをどんどん入れていく。
買物っぷりがすばらしい。
ハラハラドキドキするが、私の分も買ってくれている。
恒例の花見(3/5(日)am)
毎年の花見であるが、今年は母の妹を誘ったのである。
母親の兄弟集合(3/5(日)pm)
久居公民館まつり展示会準備(3/11(土))
アルスプラザ1F【ギャラリー創紙彩画(ちぎり絵)コーナーにて

お母様!やっちまったか~(3/12(日))
腰が痛くて動けないと訴える。
あら~再度の腰椎圧迫骨折かぁ
その日は隣の部屋に寝て様子を見る。
深夜の1時と4時にトイレに行きたいと訴えるが、腰に強い痛みがあり、介護用ベッドから一人で起き上がることができない。
ベッドを利用し上半身を45度付近にし、そこで左手に腰、右手を首に添えて一気に身体を起こしながらベッドに座る体制までもっていくのである。
その時強い痛みを訴えるのである。
翌日、介護タクシーにて整形外科の外来窓口へ(3/13(月))
レントゲン検査にて圧迫骨折再発ではないとのこと。
残念ながらこの時の外来担当医は、母親の腰椎圧迫骨折の担当医ではなかった。
「痛み止めの薬」と「腰痛体操をしましょう(腰痛予防BOOK)」というパンフをもらって自宅に帰還した。
かなり痛そうで、本当に腰痛が原因なのか、しばらくトイレ等見守りが必要である。
(更新日2023/03/18) 【歳時記(5) 】 に追加
♬ 母親の再入院 2023/03/16 (木)
3/14(火)と3/15(水)ますます痛みが増す。
ベッドから起こそうとすると、痛みで涙が光り、息が出来ないと訴える。
それでも、トイレに行きたいと訴える。
そのとき、深呼吸をして自分の感情を押し殺し、反対の行動をするのである。
私は隣の部屋で寝るも、この2日間はほとんど睡眠が取れていない。
3/16(木)の朝、母親は起き上がれないので、リハビリパンツと尿取りパッド(母親自ら着脱)ではなく、初めて私はオムツを当てようと決心した。
が、身体を左に向けても右に向けても痛みを訴えるので、なかなかオムツをお尻の下に差し込めない。
そこで妻と二人がかりで強引に足の方からずり上げた。
もう限界であった。
すぐ、母親担当のケアマネージャーに来てもらって作戦を練った。。
まず私が病院に電話をして、現状を説明した。
しかし、3/13(月)の外来での腰痛という診断で、なかなか入院がむつかしいという。
それで、即、救急車を呼んだ。
いちかばちかの実力行使である。失敗すれば、どこの病院になるかわからない。
救急車隊員に母親の実情を確認してもらい、ようやく病院を説得できたのである。
しかし、救急の担当医師から、どうして欲しいのかという冷たい問いかけがあり、私にとって信じられない言葉であった。
少し動かすだけで、激痛が走る人を家でみることは、誰もできないのではないか。せめて、家で介護が可能な痛みまで軽減できないかと訴えた。
病院側での話合いの結果、圧迫骨折治療後の腰痛ということで入院となった。
翌日、指定の入院グッズを届けに行ったとき、病棟で偶然、前回の担当医と会うことができた。
母親の病状を説明したいということで、MRI画像をみせてもらった。
前回入院した時の脊椎圧迫骨折の一つ上の脊椎圧迫骨折と知らされた。
やはりただの腰痛ではなかった。脊椎圧迫骨折であったのだ。
3/13(月)の外来担当医でのレントゲン検査では、脊椎圧迫骨折を見つけられなかったことになる。
その検査の当日、担当医の自分が診察出来なかったことを悔やんでみえるようで、何回も謝ってみえた。
妻とケアマネージャーと共にようやく辿り着いた結果である。
しかし、今もつぶやいているのである。
ごめんな、さぞかし痛かったであろう・・・
♬ 腰痛か?圧迫骨折とわかるまで 母の涙か わたしの鬼か
入院患者に見舞いはできない(通路で歩行訓練をしているとき、通路を挟んで会えるかもしれない)。
これによる高齢者へのダメージは大きい。
病棟には荷物の受け渡しだけだ許されている。しかも一人だけ。
コロナの影響はまだまだ後を引いている。
(更新日2023/04/04)【歳時記(5) 】 に追加
♬ さくらアラカルト 2023/03/05(日),03/28(火),03/29(水),04/01(土)
3/5(日) 笠松公園河津桜
満州国で両親を失い、姉は妹を背負って引き上げてきたのである。
今年は妹を誘って、毎年来ている笠松公園河津桜を見に来た。
♬ 姉妹には桜に負けぬ風情あり満州国に今も親あり
3/28(火)津市芸濃地区
旧津市、旧久居市、旧河芸町、旧芸濃町、旧美里村、旧安濃町、旧香良洲町、旧一志町、旧白山町、旧美杉村の10市町村は2006年1月1日に合併して新「津市」としてスタートした。
合併前には、久居市社会福祉協議会に勤務していたが、10ヶ所の社会福祉協議会も合併し、津市社会福祉協議会となり旧社会福祉協議会はそれぞれ地区の支部となった。
私は旧芸濃町担当の芸濃支部に専門員として勤務することになった。17年前のことである。
いきいきサロンや転倒予防教室などの計画や福祉の話をしたり、デイサービスの送迎の運転、共同募金の依頼や集金、あるいはボランティアのこと、思い返すと介護保険(認定調査員、ケアマネージャー、ヘルパー)以外のことはすべて関わったといえる。
ちなみに、当時私の左隣に座っておられた認定調査員が、現在、私の母親のケアマネージャーとして大変お世話になっている。
そんな芸濃支部は行政の建屋と同じ敷地内にあり、極めて桜がきれいな場所である。
ちょっと芸濃支部に寄ってみた。
支部長は顔なじみである。
若い職員に「私を覚えていますか」と言われたが何となく顔は覚えている。私が退職する1年前に本部で関わりが少しあったらしい。
また、ある女性が「まだ組んでいただいたシステムを使っています。我々では手出しができません。」と話をされる。
当時、作業の利便性を図るため、私がデータベース(アクセス)を使って組んだシステムをまだ使っているらしい。
突然の来訪にも関わらず、対応していただいたお礼とこれから桜を見に行く事を伝えて引き上げた。
近くの安濃川の堤やその上流の河内谷や錫杖湖は真っ青な空に映えて桜が満開であった。
①錫杖湖付近のふれあい公園
下記写真の右側の建屋が「湖水荘」でよく休憩をした処である。
♬ 錫杖湖錫杖岳から眺むれば桜の岸はいかに見ゆるか
②龍王桜と周囲の桜
有名な龍王桜は遅咲きでまだ蕾である。
しかし、その地域(河内谷)の桜はもう満開であった。
♬ 咲き誇る桜に囲まれ龍王は蕾を過ぎて龍王と知る
③安濃川の花の堰堤
錫杖湖から河内谷へと流れる安濃川の中で、芸濃支部から比較的近い処に堤があり、桜のトンネルが長く続く。
♬ 桜木で職場の想い出よみがえり安濃堤はタイムトンネル

(更新日2023/04/17)【歳時記(5) 】 に追加
陸上自衛隊〇〇駐屯地-開設71周年 2023/04/09 (日)
今年は、自治会長なので、自衛隊観閲式の招待席(紅白幕の雛壇)に妻と座った。
観閲式の後、空砲による小規模な演習も雛壇から観覧した。
ウクライナの戦線でよく知られたりゅう弾砲や戦車の発射音も体験した。
富士総合火力演習(2016/08/28)では、実弾の発射や戦闘ヘリ(アパッチ)の実弾射撃も見た。
見たくもないものにカッと見開きしっかり見て、聞きたくもないものに耳を塞がずしっかりと聞く。
すべて国防とはそういうことだろう。
行きたくもないという選挙には、白票を投票して意志を示す。
国民の義務とはそういうことだろう。







(更新日2023/04/24)【歳時記(5) 】 に追加
♬ 職場と家屋へのお礼とお別れ 2023/04/23 (日)
彼は東北を中心とする転勤族であった。彼の家族は多賀城市(この時東日本大震災に被災)、利府町、青森市、八戸市、□□市と転宅を重ね、彼は□□市からは八戸市へ単身赴任となった。
しかし、愛知県職員採用試験(民間企業等職務経験者向け 農学)に合格し、転職後初めての職場として愛知県××総合庁舎に通勤をしていた。
今年4月から、農業総合試験場へ転勤となり、新品種や新技術の開発などを行う研究職に就いた。
彼の妻は長女が中学2年、一番下が幼稚園の4人の子どもを育てながら、東日本大震災の教訓が地域で活かせないかと、防災士の資格を取り、地元のNPO法人「○○市防災ネット」に所属しながら防災教室の講師として奔走している。
一家6人、4月に新築住宅の引渡しが済み、5月の引っ越で心機一転の生活を始める。
直ぐ近くに公園があり、鉄道や駅、小・中学校にも近く便利な場所にある。
そこで本日我々夫婦は、彼の職場(愛知県××総合庁舎)と6人の生活を支えた家屋にお礼とお別れを告げに来た。
それから、新築のお祝いと彼の長男に誕生日のお祝いを渡し、帰宅をしたのである。
帰宅途中、総合庁舎の近くで「藤まつり」が開催されていたので、満開中の有名な藤棚を眺め、今日の記憶に華を添えたのである。
長男夫婦の子どもたちよ。今日はビデオを真似してダンスを踊っていたね。
学校でも幼稚園でも習うようだね。
ルーばあは小学校四年で日本舞踊を踊っていたのだよ。
♬ 「藤むすめ」藤を手に持つたおやかさ美を身に纏う小四の妻




♬ 藤棚に集まる想いも多種多様異国のことば多く聞こえり