歳時記(1)


正月の願い

正月は、子供夫婦二組と孫五人と過ごした。
静かになった部屋の中で思った。

先が見えない時代でも
森羅万象すべてのことに感謝し、
人の為に生きてほしい・・・と。

少なくとも、その生き方には意味がある。
I believe it's worth living。


 


今年の節分

「節分とは、雑節(ざっせつ)の一つで、各季節の始まりの日の前日のこと。節分とは『季節を分ける』ことも意味している。江戸時代以降は特に立春の前日を指す場合が多い。」と説明されている。
今まで知らなかった。

以下に先輩の庄司さんからのメール(エッセイとして送っていただいたもの)を掲載する。後に庄司さんが自身のホームページで公開していたので、掲載しても許していただけると思う。
節分が来る度に、これからも思い出すだろう。

2年前の先輩、庄司さんのメール


節分、義父にいただいた桝を使って恒例の豆まきを行った。
この桝は内側には「福」と旧字体で、また外側には「鬼」と書いてあり年に一回だけ使う桝である。
各部屋ごとに「鬼は外、福は内」と大きな声で撒きながら最後は玄関で同じ事を繰り返し玄関の戸を閉める。そんな事だから道行く人が驚いた様に我が家を見ながら通り過ぎる。
様々な考えがあるようで、ある神社では「鬼は内、福は外」と唱えるとの事、悪い鬼を神社に寄せ、諭し、改心させそののち外に出て民の為に福を為せとの意味だそうである。
内なる心に潜む疑心や嫉妬心や功名心など恥ずべきものを身の内から外に出し善の心が宿る様に切に思いながら豆を撒く。
さてこの頃、鬼のお面をつけた者に向かって「鬼は外」と豆を投げ付ける事はやがていじめに繋がるから豆まきは止めるべきだ…との声も出始めているとか、他方で恵方巻きをガブリと食べる事が流行りだしコンビニの店員一人ひとりに販売ノルマが課され、困ったアルバイトの店員が学校に持って行って買ってもらっている実態もあるとの事、現代の哀しいマッチ売りの少女だ。
時代は新たな鬼を作っている。
「鬼は外、福は内、鬼は外、福は内、鬼は外、福は内」一日中叫んでいたい思いだ。
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スーパーで豆を買ったときもらった鬼のお面は、どう見てもゆるキャラの笑顔にしか見えず、申し訳程度に短い角が書いてある。おそらく、豆まきで子供が怖がらないようにと、そういうデザインになったのであろう。
しかし、怖いから鬼なのではないか。この歳まで生きてきたが、鬼が鬼の役目をなさないお面の出現だ。鬼が泣いているではないか。
恵方巻の販売ノルマとか、豆まきがいじめに繋がるとか、除夜の鐘が煩わしいとか、日本古来の鬼ではなく、日本文化を理解しない何かが日本を跋扈し始めたようだ。
負けるな!日本の鬼👹決して負けてはならない。」一日中叫んでいたい思いだ。


桃の節句 雛飾り

お人形に込める思いは、娘や孫娘の健康と将来の幸せであり、当の本人は成長につれて良き結婚や家庭円満をそれとなく望んでいくのかもしれない。

森羅万象すべてのことに感謝して、人のために生きてほしい。
そして女の子だ。美を身に纏い、一生添い遂げてもらいたい。

そして、未来に対する責任を失わないよう「じいじ」は一生懸命生きたい。
そう、「じいじ」はご先祖様になりたいのである



春の印(散歩コース)



春分の日

春季彼岸会(天然寺)に参詣

平成感謝

母親と伊勢市役所に行った。あと一週間で平成から令和となる。
常に国の安寧と国民の幸せをお祈りいただいた今上陛下に感謝の心をお届けするために、記帳をさせていただいた。

はたして、令和の御代はいかなる時代になるのか。
いづれにしても、「平和の御代」を願うことは疑いのないことである。

孫娘誕生

千葉の孫娘誕生の知らせを仕事帰りに受けた。
前日に記帳をさせて頂いたばかりである。同じクラスの中に平成生まれは少ないであろう。
とにかく、ほっとした。
「よくぞ生まれてくれました。」
新しい人生の始まりだ。

端午の節句の武者人形

孫に武者人形を引き渡した。去年はその武者人形の刀を抜いては振り回していた。
六人の孫の内、唯一の男である。

女の人が、迷って助けを求めたら、刀で迷いを切ってやれ。
あとは金を稼いで納めるだけ。
男の役割はその二つ。あとは女の人に従え。

大きくなったら、いろいろ教えてやろう。
いやいや私の孫だ!自ずと悟であろう。

名古屋男性合唱団(千葉から帰宅後掲載)

三重大学工学部電気科の恩師が代表を務める、名大男声OBを中心とする名古屋男性合唱団を聴きに行った。
恩師は、三重大学春秋会(三重大の名誉教授会)会長や(株)三重大学出版会顧問を務められ、また週に1回三重大学で電磁気学を教えておられる超多忙でお元気な理想の78歳である。
実は、前々日に千葉の孫娘誕生があり、この公演孫娘誕生のプレゼントとなった。
団員が登場すると、背筋をまっすぐに歩く姿ですぐに先生と判明。パンフレットにはバリトンパートとある。
(曲名は下記チラシを参照)


演奏会のアンケートを思い出して


腹の出た人、真っ白な髪の人、高齢であるのでもっともな景色であるが、目を閉じると張りのある青年の声。
恩師もこの中で歌っておられる。
まだ、現役で働いておられる。
いろいろな人生を歩んだ方々のハーモニーは特別に心ゆさぶるものがあった。
少子化の中、我々が頑張るしかないではないか、とも聴こえた。
これからも長く仕事に、合唱に打ち込んでください。
目標として。


演奏会後、会場のエントランスホールで先生にお会いできた。の後そのまま千葉に向かったのである。


変じて通ず

社会福祉士として初めて成年後見人の受任

自分で選んだ道
窮して変じ 変じて通ず
変わらなければ通じないと了解している


笹流し

施餓鬼会(せがきえ)で思うこと

施餓鬼会は六道(天、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄)の中の餓鬼を供養する法会である。
餓鬼はどんな食物や飲物も火を吐く口からでは摂取できないので、常に飢えと乾きに苦しみ、決して満たされることがないとされる。
こんな話を聞いたことがある。自分の箸の先に食べ物がある。火を吐く口からでは当然その食べ物を口にはできない。自分の食べ物を他の餓鬼の口に持っていけばお互いに食べ合うことができるはずであるが、自分の食べ物という欲があり、それができないのである。
自分のことばかり考え、他に施すことができない存在。それが餓鬼の本質ではあるまいか。上の例で、お互い助け合って食べることができれば、餓鬼から救われるのではないか。
施餓鬼会はそんな餓鬼にも、施し物は食することができることを教えているようである。
「食べたい」と言う餓鬼には「助けたいという念のこもった施し」のみ食べられる(救われる)という喩えであるようだ。
餓鬼は夕方にどことなくごそごそ軒先に現れるという。住職はこの法会が終わったら、ちょっとした食べ物を軒先にお供えしてくださいね。」と言われた。
上から目線の施しではない。生きていれば、何時このような境遇に陥ることになるやもしれない。救う手立てを忘れてはならないという我々が古来から今まで振り返り立ち返り積み上げてきた知恵ではないのか。
もっとほしい」と思うものの、現実の生活を生きる中で、その思いを乗り越えていくのが普通であろう。
「もっとほしい」という思いを離れ、人の中で生き、人のために生き、自然の中で生き、我を忘れる生活ができたなら、何と幸せな生き方であることか。
でも、生活していく中で、もうちょっとお金がほしいと思っているあなた。それはそれで理想的な生き方に近いと思っている。だって、人間界に生きているんだもの。仏様も微笑んでおられるだろう。その周囲にはなんとなく明るい未来があるように思う。

はなび大会

居間に咲いた四輪の花火 
2019年08月10日打上

 花火師 10歳女:左二輪の打上、
      7歳男:火薬の調合、
      5歳女:右二輪の打上、
      2歳女:見習い



 

秋分の日

やってしまった。駐車場に着いたら車が見当たらない。天然寺も静かである。秋彼岸法要の開催日を間違ってカレンダーに印をしたため、二日前に終わっていたのだ。寺報を確認すればよかった。夕方、住職にお詫びに行った。
秋彼岸法要は、自分自身を反省するのにふさわしい日とされている。
なんのことはない。自分自身を反省するのにふさわしい日となったのである。
out!!

一代一度の大祭

即位され、大嘗祭(だいじょうさい)と親謁(しんえつ)の儀が終わった。
自然への畏敬と自然からの恵みの感謝、そして日本国とその国民の安寧を祈り続けるその存在の誇らしさ。
どんな困難があろうとも、いつも国民に目を向け続けるその姿を、これから国民は見て感じるだろう。
日本国は古代からその存在を作り上げてきたが、象徴となってよりその本質が見えてきたように思う。
日本の先祖は、この国に必要な在りようを、見通してきたのではあるまいか


六年菊組クラス会と竹明り

男が6人、女が4人の出席である。
回を重ねるにつれ、話題も変わってくる。仕事は常勤からアルバイトへ、悠々自適もちらほらといる。
今年は、”終活ノート”と”奥さんに言えるか感謝の言葉を”という話題になってきた。
何ともいい感じで話が進む。

初孫誕生の彼が、糖尿と自白しながら生ビールのおかわりをすると、実は俺も糖尿と別の声がする。
それ以後、矢継ぎ早に質問が医師の彼へ向かう。彼の知見は深く、そうなんだ!とみんな納得の様子である

犬を飼うのが趣味を越えた趣味の彼である。営業で鍛えた弁舌さわやかな彼曰く「毎日の朝食も昼食も夕食も、『ハイご飯の用意ができました。と妻の声』。さすがの俺も気が付いた。俺は犬だった。」
この後、彼はとても良い話をして、みんなに「今日は来てよかった」と言わしめた。

場所を喫茶店に移した。
医師の彼は、昨夜三重県総合文化センターの庭園で開催されている「竹明かり」を紹介してくれた。
みんな、そのスマホの写真を見せてもらった。今夜が最終日という。

その夜、今日が誕生日であった九十一歳の母親を連れて見に行ったのである。
誰かに会うかなと思いながら眺めていたら、営業の彼と奥さんに会えたのである。
また、来年が楽しみである。