伊勢型紙の青鬼集落から新年度の挨拶
昨年に引き続き新型コロナに翻弄されて新年を迎える。
食の安全保障・国防という安全保障・温暖化防止という地球レベルの安全保障。
コロナ禍は強いて言えば国防という安全保障になるのではないか。
先の大戦において、世界から孤立をした我国はその末路を知っている。
ワクチンの確保においても孤立は大敵であり、また自国で蔓延していなくても他国で蔓延すればいづれ我国にも蔓延する。
この教訓は国防そのものの安全保障戦略ではないかと想う。
そんなことは忘れて、里山の美しい我国の風景を心に描きたい。
その風景を伊勢型紙で表現できないかと思い立ち、拙作ではあるが年賀状にした。
伊勢型紙は基本的にその性質上、言わば白黒の世界であり、しかも濃淡の無い世界だ。
しかし、これには不思議な力が内在する。
例えば、里山の感じ方も、周りの景色を映し出す水の張った水田か、青々とした生命力溢れる株分け(分けつ)や出穂の時期か、それとも一面黄金色の収穫時期か、見る人の想像力に依るのである。
言い換えれば、見る人の想像力を如何に引き出すかという力量を問われるのではないだろうか。
従って、風景という上記の特性を踏まえたデザインの力量は、型紙を彫るという力量とは全くの別物であると思っている。
今回、その意味において初めてのデザインであった。
昨年のジオラマの風景を伊勢型紙としてデザインし、木彫りの人形を夫婦の写真に置き換えてみた。
青鬼集落の表現として、デザインの力量不足はどう見ても否めない。
しかし、里山の輝きは、少しも色あせていないと想うのである。


























































