歳時記(2)
帰省
成長を直接感じる一瞬がある。
総合職の彼は、子供が四人、転勤族であった。 一家の引越は負荷が大きく、彼の妻の故郷に家を構え、自ら単身赴任となった。
しかし、密かに○○県職員採用試験(民間企業等職務経験者向け 農学)に合格し、この四月から働くという報告を受けた。
自らの決断で家族の繋がりを再び引き寄せたのである。これからの家族の在りようは夫婦の努力にかかっている。
大学一年のとき、彼は独標(西穂高岳近く)からの帰路で、彼の父がバランスを崩すその刹那、後ろからガッシリと支えた。
絶えず注意していないと出来ない行動である。以降、彼から意見を求めて来るまでは、彼の決断に口を出す様子はなかった。
成長を直接感じる一瞬であったのだ。
ハマボウの紅葉
今年もハマボウの紅葉が見れた。
この挿し木は四代目だ。
周りの苔は、五年前に大台の道の駅「奥伊勢木つつ木館」で購入したもので、変わらない深い緑を見せてくれる。
誰かの「人生」を想うとは
成年被後見人はよく微笑んでいた。その彼が下血で認知症保護病院から総合病院へ転院となった。
医師と看護師とMSWと話合う。大腸カメラの検査が難しいという。認知症で、下剤を大量に飲む動機付けができないからだ。
私が悲しい顔をしたのか、医師は二日後に直腸ガンを見つけ出した。
「後見人さん、手術しましょう。このままだと、下血を繰り返しどこの施設にも行けません。」と医長が促す。
意志決定支援論「どんなに重い認知症の人であっても、その人なりの人生を生きてきた経緯があり、その人なりの思い、そして判断がありうる。適切な判断が自分ではできないと周囲から思われていた人々も、支援さえ受ければ、その人なりの決定ができる」【能力存在推定】
関わったみんなの思いと、彼の幸せそうな笑顔が、最終的な答えであった。まだまだその笑顔が見たい。
彼の預金のほとんどを引き出して、最悪の場合に備える。
手術の当日、笑顔で手術室に入っていった。待合室に一人控えて、結果を待つ。・・・成功であった。
将来、亡くなっても、誰が鎮魂歌を詠ってくれるのだろうか。あの幸せそうな笑顔は誰の許可を取ればホームページに掲載できるのだろうか。援助の一事例として、或いは家庭裁判所の一事件として、秘密保護の名の下に、記憶に残らず彼の「人生」は終わってしまうことになるのだろう。
連続テレビ小説『スカーレット』で小池アンリがお別れに川原喜美子に送った言葉
「芸術以外で人の人生を豊かにするものはなんや。
人を想うことや。自分以外の誰かの人生を想うことや。
寄り添うこと、思い遣ること、ときには背負ったりすることや。
あんな、誰かの人生を想うことで、自分の人生も豊かになるんやで。」
『哲学者ヤスパースは「私は他人とともにのみ存在する。一人では、私は何者でもない。」』と似ている。
『その深い所を真の自己と西田はいいますが、そこに近づく行為には、必ず他者が居るといいます。そこに、昨日の古い自分を手放し、他者との繋がりを感じながら、真の自己に近づくとき、我々は安心して悲しんだり、安心して苦しんだりすることが人生に対して許されているのかもしれない。』とも似ている。
誰かの「人生」を想う日であった。
笠松河津桜
誰も見ていなくても咲き誇る河津桜と、その対話集
白米城ハイキング
昔は「白米城」今は「阿坂城跡」。
ここは小学生の頃の遠足の定番であった。
頂上の強い風の中、青森県産『青天の霹靂』を少し固めで炊いたおにぎりのうまいこと。
2時間程度で一周回れるコースを、3000メートル級でも大丈夫な登山靴で歩いたのである。

朝ドラ「スカーレット」
朝ドラ・連続テレビ小説「スカーレット」の終了であった。武志が慢性骨髄性白血病を発症してからは、背後にある「死」を感じながら、今を生きる物語に引き込まれてしまった。
【138話】 太線の言葉は武志がジョージ富士川の「TODAY IS」の絵本に書いた気持ちである。
今日が私の1日なら 私はいつもと変わらない1日を過ごすだろう
今日が君の1日なら 君といつもと変わらない1日を過ごすだろう
今日が友達の1日なら 友達といつもと変わらない1日を過ごすだろう
今日が母の1日なら 母といつもと変わらない1日を過ごすだろう
今日が父の1日なら 父といつもと変わらない1日を過ごすだろう
武志がその絵本の問いに、深く理論的に考えているという状態ではなく、自分自身の心の偽らざる状態の直観的な表現だったと思う。これは【149話】「みんなの陶芸展」の前振りであった。
「みんなの陶芸展」会場で「今日が私の一日なら、私はどんな一日にしますか。さあ 好きに書いてや。」とジョージ富士川に促されて書かれた多くの言葉の中に、武志の一言を母は見た。
それは、「いつもと変わらない1日は 特別な1日 武志」であった。
【138話】で絵本に書いた言葉の続き(答え)を書いたのであろう。武志が絵本に書いた直観は日々を過ごすにつれて、特別な1日という確信に変わっていった。・・・
今日が私の1日なら私はいつもと変わらない1日を過ごすだろう。 そのいつもと変わらない1日は 特別な1日
今日が君の1日なら君といつもと変わらない1日を過ごすだろう。 そのいつもと変わらない1日は 特別な1日
今日が友達の1日なら友達といつもと変わらない1日を過ごすだろう。 そのいつもと変わらない1日は 特別な1日
今日が母の1日なら母といつもと変わらない1日を過ごすだろう。 そのいつもと変わらない1日は 特別な1日
今日が父の1日なら父といつもと変わらない1日を過ごすだろう。 そのいつもと変わらない1日は 特別な1日
その特別な1日とは、死を意識すると、短い命であるが故に無量の味わい深い1日として感じられる特別な1日である・・・
そういう思いで武志は「みんなの陶芸展」会場にその言葉を残したのであろう。
このような実感は「実存」ではあるまいか。視点の多様化(長文)のページに記載した『「死」を意識することで、逆に「現在の生」を見つめ直し、自分の味わい深い人生としての行為意識に集約されてしまうという実感』である。 実存という言葉を知らなくても、ましてや実存哲学を知らなくても、この展開には感動するだろう。でも、感動した後から後からすっかり忘れてしまう。しかし自分の感じたその感動がどのような哲学・宗教に結び付けられるのか絶えず考えていると、その感動が実に忘れ難くなる。哲学を学ぶ意味の一つは実にここにあると思っている。学ぶ意味にはもっとあるが、別の機会に記したい!
武志の生きざまと周囲の人々の接し方に、この朝ドラは我々の心を揺さぶった。
【150話】穴窯に薪を投じるヒロインの顔でこの朝ドラは終わった。次のエールが楽しみである。
五月の自粛連休
本来なら、旅に出るはずであった。
子供たち、親たちに連絡をし、いつもの車中泊の貧乏旅だ。
現在3人の成年後見人である。
その財産管理と身上監護の当面やるべき事を終えて、さてこれからという時に・・・
日本独自の自粛要請、「世間」の目が厳しく、他県では車も走れない。
この連休中にすることを決めた
①午前中は片付けをすること(まだ決まってない物に帰り場所を決める)
②新型コロナウィルスの動向と対処法のトレース
③成年後見システムの作成開始(忘れかけたデーターベースaccessの勉強から開始。一年かかりそうである。)
「新型コロナ斬り~ 残念!」🎸侍
丸山千枚田
自粛要請解除後の密かな遠出
誰もいない棚田の中で のびのびと花たちが遊んでた
赤目四十八滝
赤目四十八滝に来た 密とは程遠いとこ
2007年3月21日 家族4人で来たところ
記憶との 楽しい会話
息子と娘との キラリな一日
今 夫婦が子どもに出来ること
それは 結婚式で誓ったことば
マイクロツーリズム?
コロナ禍に加えて酷暑である。
『剣峠』と『磯笛岬展望台』を目標にして、家を飛び出す。
内宮の駐車場から五十鈴川を眼下に遡り、剣峠を経て五ヶ所に至る県道12号線がある。
中学生の時から、自転車で遊びに行った道である。思い返すと、伊勢を離れるまで度々訪れていた。
…ガードレールのない細い道路。車ではこれほど緊張する道であったのか。前から来ないでくれ!…
剣峠は遠くに美しい五ヶ所湾が見える。また、剣峠は別名『椿峠』と呼ばれ、椿の純林がある。
かつて、神路山の峠道は五ヶ所街道と呼ばれ、お茶屋もあり、五ヶ所と伊勢を結ぶ生活の道でもあった。
剣峠には野口雨情の歌碑が当時の趣を今に伝えている。
神路山越え
また来ておくれ
乙女椿の
咲く頃に
しかし、なぜか雰囲気の異なる初見の立て札があった。
今南伊勢を舞台に躍動する愛洲移香斎の血脈。泣き、笑い、うなずき、考えさせられる感動の実話。
ふるさとの真実
八禰宜山の雨 小川久徳
(五ヶ所 愛洲の館にて販売中)
この立て札が後に地域の歴史とその魅力を知る旅になるのである。
剣峠を五ヶ所側へ下り、南伊勢町切原工芸の里にてエンジンを止め休憩をした。
この場所に、映画『青夏』のロケ地 ⑧理緒と吟蔵が出会う場所/切原(回転場)バス停 という看板が立っていた。
どこかで見た看板である。思い出した。2020/03/15に鵜倉園地の展望台へ行ったときに見たのである。
後にネットからこの映画のロケ地マップを探しだした。それによれば、①~⑪のロケ地があるようだ。すべて南伊勢地方を舞台にしているようで、このロケ地巡りをすることにより、もう一つの旅になりそうだ。
それには映画を見た方がいいと思う。がしかし、『青夏』という映画には、きみに恋した30日という副題が添えてある。青春に帰ることにはやぶさかではないが、どうも別れの匂いがする。
上記看板の横にある五ヶ所周辺の案内図を見ると、『愛洲の館』があった。剣峠の立て札を思い出した。
『愛すの館』に見える。怪しげであったが、ちょっと寄ってみたかったのである。
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切原工芸の里
切原(回転場)バス停前にある映画『青夏』のロケ地 8の看板
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切原工芸の里
切原(回転場)バス停前の神社
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切原工芸の里
切原(回転場)バス停前の切原アトリエホープ
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切原工芸の里
切原(回転場)にある周辺の案内図
お二人様500円であった。
『愛洲の館』は五ヶ所の誇りであったのだ。
その職員の方に、何と90分近くも熱心に解説をしていただいた。
愛洲移香斎(あいすいこうさい)は南伊勢町五ヶ所浦出身で室町・戦国時代の兵法家であり、影流の始祖・剣祖であった。
移香斎が起こした「影流」は、後に「新陰流」(上泉伊勢守秀綱)、「柳生新陰流」(柳生石舟斎)など剣術の源となり、江戸時代には600もの流派が生まれたといわれている。
毎年8月に全国から名だたる剣士が集合し、剣祖祭が執り行われる所以である。残念ながら、今年はコロナで中止になったそうだ。
続けて、五ヶ所湾の漁業の歴史や漁具の陳列、「八竈」集落の歴史は平家の落武者まで遡ることなど教えていただいた。今まで抱いていた五ヶ所や南伊勢地方の印象が大いに変わったのである。
「熱心に聞いてくれることはうれしいことです。」と職員から伝えられ、退館するときには玄関まで送っていただいた。
それにしても「愛す」といい、「移香」といい、まあ剣豪であるから文句もないが、何とも色気のある羨ましい名前であることか。
その後、出来る限り海が見れるよう海岸に近い道路を走り、『田曽白浜海岸』で下車、『磯笛岬展望台』経て、伊勢自動車道路で帰路についたのである。
近くの小さな旅で、地域特有の体験や交流を深め地域の魅力に触れ、地域の歴史を再発見する、それをマイクロツーリズムというのなら、今回の旅もそうではなかったのか。ああでもない、こうでもないと言いながらその地域の実像に触れる。それが良い。
☆☆☆☆☆ホテルに泊まり、温泉に入り、美味しいものを食べ歩く旅は、財布からお金が溢れたときでいいと思うのである。この先もそんなことは無いとは思うが。
最近知った身近なトピック
朝ドラ「エール」の主人公と米粒ほどのつながりがあった。
中学1年は下記中学校に在籍し、2年から伊勢市の中学校に転校をした。
まあ、どうでもいいことではあるが。
ちょっと言葉をはさめば、下に出る2番の歌詞で、「心理の園生」は「真理の園生」の間違えである。
また、壁に貼ってある2種類の歌詞で、「真理の園生」と「真理の園を」と違うが、どちらも意味は通る。
しかし、「真理の園生」が正しいようである。
まあ、このままにしておこう。アップしていただいて、ありがとう。
七五三
昔から、七五三は「7歳までは神のうち」ということで、3歳・5歳・7歳の節目に神様のもとで無事に成長したことを感謝することといわれている。
伊勢神宮も個人名の祝詞を奏上してもらえるようになった。
ということで、
おかげ横丁で伊勢うどんをいただき、
五十鈴川で石投げに興じた後、
主人公の3歳・7歳はスタジオで正装し、
あと兄弟2人を含め、総勢8人で伊勢神宮に向かったのである。
3歳の孫に関しては『7歳になるまで、引続きよろしくお願いいたします。』と祈り、
7歳の孫に関しては『今まで神様のもとで無事に成長しました。』と感謝をし、
帰りの参道で、7歳の孫と手をつなぎながら、神様から後を引き継いだ重みを噛みしめたのである。
むろん責任は親にあり、私はかわいがるだけではあるが。

曽爾高原
11月3日
今日は誕生日だ
亀山峠に登るは何回目だろう
ススキは金色銀色にきらきら輝いている














