歳時記(5-2)


(更新日2023/05/14)【歳時記(5-2) 】新規頁
♬ 母親の退院と 2023/05/10(水)
ゴールデンウィーク 2023/05/01(月)~05/05(金)

母親の退院が5月10日(水)と決まり、ゴールデンウィークの予定が組めた。
それでゴールデンウィークの予定を無事完遂し、本日、母親は2回目の圧迫骨折から無事退院ができた。
洗濯・スーパーへの買物・昼食と夕食の用意をして、ようやく自由時間が持てたのである

我々夫婦は2人の子どもがいる。
彼の家族の近況は ”職場と家屋へのお礼とお別れ  2023/04/23 ( 日 )”の記事として記載した。

一方、彼女は福祉系大学在学中、熱心にボランティア活動(例えば、イルカセラピーなど)するなかで、他校の彼氏と知り合った。
そして、彼氏と結婚し、最終的に千葉県に在住となった。
さて我々夫婦は、ゴールデンウィークを利用して、コロナ禍で会えなかった彼女の家族(現在娘2人)に会いに行くことにしたのである。

予定は、4泊5日で車中泊とし、妻が、訪れたことのないという唯一の都道府県である埼玉県を巡り、千葉県に入ることにした。
(誤解のないように、その多くが職場での理事研修の付添であることを言っておかなくてはならない。)
彼女(娘)の家族には5月3日に会うことに決め、残りは下記の通り、るるぶ(埼玉県)の ”パワスポ詣で” 7箇所と決定した。
これは彼女の無事出産と家族の安寧を願ってである。

さて、全行程、車中泊なので、取りあえずの目的地を決め、あとは自由の車中泊と思っている。
下記は帰宅してから振り返ってまとめた実績行程である。(茶色はるるぶのパワースポットである。

5/1(月) 夜間出発で駿河湾沼津SAで車中泊
5/2(火) 山中湖パノラマ台、北口本宮富士浅間神社、川越総鎮守氷川神社武蔵一宮氷川神社道の駅しょうなんで車中泊
5/3( 彼女の家族と会う黒山三滝上谷の大クス道の駅おがわまち車中泊
5/4 男鹿岩(弓立山)和銅遺跡(聖神社)三峯神社諏訪湖SAで車中泊
5/5( 彼の家族(5/4引っ越し)に寄る⇒帰宅

 

駿河湾沼津SAで車中泊 05/01(月)

車中泊 のメリット
車中泊は、ルート・時間・宿泊先が自由に設定でき、安い。
軽自動車は車高が高いので、車内で動きやすい。
それと、車中泊は単独か夫婦か気心の知れた親友がよい。家族や複数の友人なら、やはり車中泊専用のキャンピングカーが必要であろう。
最低必要な装備
①車の周囲をガラスに沿った大きさに発泡ポリエチレンシート(厚さ2.8ミリ)で覆う。
軽四のスペーシアで11枚必要であった。
取り外しが容易になるようそのシートにタイラップで輪っかを作っておくと、5分以内で脱着ができる
②エアーマットと寝袋は必需品。
③車中の前後にLEDランプを吊るすと、探し物はできるし、読書なども十分可能である。

その中で①は今まで同じ方法で外部を遮断している車を見たことがない。
昼夜共、プライバシーが保たれる。そして、夜が明けるにつれ、車内全体が独特の光りに包まれていくのである

県道730号沿いのパノラマ台 05/02(火)

♬ 太古より噴火重ねし眼前の富士の姿と湖の蒼

ふじさんミュージアム 富士山レーダードーム館
富士吉田に移築されたもので、昭和43年8月友人Nと富士山に登ったとき、頂上にあったレーダードームである。
当時の富士山噴火口写真があったが、残念ながらドームは映っていなかった。

北口本宮富士浅間神社
亡き父は富士浅間神社を出発し富士に登山をしたという。
きっとここで登山の無事を祈ったであろう。

富士登山浅間神社で祈る人我より若き父の気配か


甲斐の猿橋
北口本宮富士浅間神社から国道139号で北東に進み、”道の駅つる”で休憩した。見える所にリニア見学センターがあるが、本日は休館でリニアも実験していない。
妻はこの道の駅にある案内板で「名勝猿橋」の情報を入手し、寄ってみることにした。

猿橋」は「岩国の錦帯橋」「木曽の棧(かけはし)」と並ぶ「日本三奇橋」の一つで、橋脚を用いず両岸から四層のはねぎによって支えられている。猿の群れの谷渡りを見て考案されたという。


奥多摩湖・麦山の浮橋(ドラム缶橋)
人造湖の奥多摩湖にはダム建設時に水没した道の代替として2カ所設置されたが、その内の一つ。


川越一番街の時の鐘
川越のシンボルである時の鐘周辺には若者で溢れていた。

♬ 和服の娘(こ)見上げる視線は時の鐘若者溢るる令和の調べ


川越総鎮守氷川神社 【るるぶ パワスポ】
一番街を北に行き、札の辻を右に折れ市役所前で再び北に裁判所前で右に折れると、 氷川神社である

♬ 五柱が氷川神社でこの一年安鯛みくじを作りたもふか

おみくじには「一年安鯛みくじ」と、「あい鯛みくじ」がある。
五柱の神様は協力して次年度用の「一年安鯛みくじ」をおつくりになり、お参りにきた家族に一年間の安泰を授けているのである。

武蔵一宮氷川神社 【るるぶ パワスポ】
全国約280の氷川神社の総本社である。
祭神として須佐之男命と稲田姫命の夫婦と出雲大社の縁結びの神様としても知られる大己貴命(おおなむちのみこと)を祀っていることから、「縁結びの神様」「家庭円満の神様」として信仰されてる。

蛇の池 
神社裏手にある湧水が神社の起源と伝わる発祥の地であり、見落としがちな強力パワスポであるらしい。


”道の駅しょうなん”の手賀沼を望む芝生 05/03()

昨日は”道の駅しょうなん”での車中泊と決め、筋向いにある”満天の湯”で入浴し夕食をとった。
翌日の朝、その道の駅から手賀沼を見渡す公園を散歩した。
ベンチに座っていると、足元で雀が芝生を突っついている。
手賀沼の堤にて、ウォーキングをする人を見つけると、後ろからマラソンランナーが駆け抜ける。
近くの用水路で、しきりとタモを入れて何かを捕っている大学准教授(?)らしき人がいる。
手賀沼の遠くの建物は沼に姿を映している。
春のど真ん中、一気に短歌が詠めた。

(手賀沼を見渡す公園にて)
♬ 足元で雀が芝生をつつきをり同じこの地で生きる感触

♬ ウォーキングするひと抜き去るマラソンびと聴こえそうな春の呼吸

♬ 水路にてタモで何かを捕っている准教授か?ユーモラスな動き

♬ 手賀沼の向こう岸の建物の湖面に映るや空の蒼さも

♬ ああ我はこの惑星に生きている春の手賀沼新鮮な生

彼女の家族(夫&現在子ども2人)に会う
上は小学校2年生ですっかりお姉さんになり、下はこども園年少でおしゃべりが止まらない。
彼女の夫は、これが出来た人で、学生時代から子どもが大好きで彼女を大事にしてくれている。
全員で昼食を取り、我々夫婦は彼女らの家を後にしたのである。

黒山三滝(くろやまさんたき)【るるぶ パワスポ】
越辺川(おっぺがわ)の支流である三滝川の源流付近には黒山三滝と称される、男滝・女滝・天狗滝がある。
時間はすでに16:30になっており、谷間である信仰対象の空間は、薄暗く神聖な空間を少し通り越した感がある。

上谷(かみやつ)の大クス 【るるぶ パワスポ】
全国巨木ランキング16位、県内1位で、幹回り15m、高さ30mあり、現在枝の着雪により折損している部分がある。
よって、つっかえ棒をしながらの修復中で近くで眺めることはできなかった。

♬ 大クスよ春夏秋冬の波に耐え千年越えの声を聞かせよ

おがわ温泉花和楽(かわら)の湯
ここで、入浴と食事(天重・大海老と野菜の天そば)でゆったり(18:22~20:45)と過ごしたのである。

道の駅おがわまち 05/04()
前日、入浴と食事を済ませ(20:45)、この道の駅で車中泊をして、下の写真を撮影したのが5:51であるので、当然駐車場以外は一度もこの道の駅には入ったことがない。朝早く出発できることが車中泊の一番いいところなので、これと引き換えることはまずない。

男鹿岩(弓立山) 【るるぶ パワスポ】
対岸の雷電山にある「女鹿岩」、とともに雌雄の大蛇伝説から恋愛のパワスポであるという。
標高427mの弓立山から5分程下ると男鹿岩がある。
昔からの伝説 ⇒ 『いつのころか、女鹿岩には雌の大蛇が、男鹿岩には雄の大蛇が棲むようになりました。やがて二匹の大蛇は恋に落ち、一年に一度の七月七日の晩、麓の都幾川で逢うことができました。そして一面に霧の立ち込めたある年、大蛇の恋は誰にも知られぬうちに結ばれました。しかしある年の夏、大地が割れるような日照りが続き、雌の大蛇がいずことなく姿を消してしまったそうです。これを悲しんで雄の大蛇は大粒の涙を流し、雌の大蛇の後を追っていつの間にか姿が見えなくなりました。』
何だいこの伝説は!雄の失恋物語ではないか。
確かに結ばれたが、がしかし高齢者は後がない時間がない。姿を消されては困るのだ。
最後に二人は幸せにならねばならぬ。それがパワスポだ。(#^ω^)

♬ 男鹿岩ひらり周りを蝶二匹女鹿岩との幸せ祈る

聖(ひじり)神社には銭神様がおられるという。【るるぶ パワスポ】
この神社には「銭神様 御利益報告書」が参拝所のパネルに貼り付けてある。
ロト7大当たり3億9598万円の高額当選を筆頭に数万円までびっしりである。
私は、原則神様にはお願い事はしないことにしている。「今まで家族の健康ありがとうございました。」とか感謝をしている。(しかし家族がピンチのときはお願いをする。)
しかし、ここの神社は「銭神様。当選へのはからいありがとうございました。」と「御利益報告書」という署名入りの正式な感謝状まで銭神様へ提出するのである。
完敗である。

聖神社は和銅元年に創建されたのは、都から遠く離れた秩父の地で採掘された和銅の献上に関係している。
まさか和同開珎が秩父という地と関係あるとは想像もしなかった。
その事実を「銭神様」やら「御利益報告書」に結びつけるその発想はたいしたものである。

今、この時でも高額当選を夢見て、遠くから次から次へと駐車場に並んで神社にお願いに来ている。
しかし、お願いをする人々と感謝をする人々の比率はどれ程であろうか。
などと、銭神様の前で考えている私の後ろには、きっと貧乏神が笑っているだろうよ。

♬ 銭神様なんやかんやというけれどお金で救う幸せもある
 

日本通貨発祥の地
聖神社から徒歩で20分程度で、千三百年往時の面影を残す和銅露天掘り跡を見ることができる沢にでる。
「造山活動の断層跡に露頭・噴出・凝結した自然銅が和銅(ニキアカガネ)と呼ばれた」等々、目的地の露天掘り跡までの道すがら、複数の案内パネルでその歴史が明快に解説されている。
妻は、沢で小銭を洗っていた。
しかし、その沢で洗った小銭を聖神社に賽銭すれば、金運アップの御利益があるとまでは知らなかった。
「銭洗い弁天」とは、御利益を受ける形態が違っていたのである。
やはり貧乏神が近くにいるに違ない。

♬ 銭洗い金運アップの聖神社君の願うは家族の幸せ


秩父神社
秩父市内にある神社は駐車場も一杯で、家族連れの参拝者で溢れていた。
「秩父夜祭」は京都の祇園祭、飛騨高山祭と共に日本三大曳山祭のひとつに数えられている。
それは、武甲山の男神と秩父神社の女神との年に一度の逢瀬というロマンチックな物語だそうだ。


親には可愛がるだけでなく、心得(責任)がある。
じじばば は可愛がる(責任がない)だけである。
しかし、近年、若者から親になる間が長くなった。
その間も心を離すな! と秩父神社の神様は仰せである
では、若者から親になったら・・・・もう神様は何も仰せではない。

蒸気機関車の転車台

国道140号(彩甲斐街道)を通り三峯神社を目指していたが、妻が秩父鉄道の終点の三峰口駅に寄りたいという。
丁度、国道140号と秩父鉄道はほぼ平行に走っている。
ネットで調べて、丁度蒸気機関車の転車が見れる時間帯だということである。

私の父親は伊勢市駅の客車担当で、妻の父親は運転担当であった。
同じ国鉄の官舎に住み、伊勢市駅にある職員用の風呂に入っていたのである。
妻が幼稚園から小学校低学年頃には、私は中学生から高校生であり、多分何回かは混浴の仲である。
その風呂の前には転車台があった。

妻は熱心に蒸気機関車とその転車作業の写真とビデオを撮っていた。
父親に見せるという。
現在、90歳になる父親は彼の妻が大腿骨骨折の後、家事を引き受けているが、近くにスーパーがないので私の妻が週に3回ほど買物や通院を手伝っている。

♬ 妻は撮る父の勇姿に会いたくて転車台の 蒸気機関車
♬ 妻は撮る蒸気機関車見せたくて父の運転懐かしき日々

転車台に乗った蒸気機関車は向きを反転する。


いよいよ最終のパワスポ三峯神社詣である。【るるぶ パワスポ】
道の駅大滝温泉で休憩をして時間帯もバッチリである。

私は三峯神社参拝後、ここで車中泊をするつもりであったが、妻は違った。
翌日、愛知県の息子の家族に今回のお土産を届けたいので、翌日なるべく早く愛知県に着きたいという。
それで、今日の車中泊は中央高速の諏訪SAとした。
車中泊のフレキシビリティさは旅のフレキシビリティさでもある。

がしかし、この旅最大の障害に出会った。

国道140号(彩甲斐街道)の道の駅大滝温泉からしばらくすると秩父湖に出会い、そこから国道140号と別れ二瀬ダムの堤を渡り(14:41)三峯神社に向かう(ナビ予定 9.7㎞ 15:01 であと20分で到着)。
そこから次第に速度が落ち、ついに渋滞が始まった。
窓からの景色はつつじなど美しくもあったが、2時間近くになると、御朱印は受け付けているのかと妻は焦り出し電話も入れた。
三峰神社正参道入口に到着したのが、17:53 (20分が3時間)であった。
そろそろ片割れ時である。(スマホの写真は自動調整で大変鮮明ではあるが。)
御朱印は既に終了。耳を澄ますと既に閉じた窓口の中から人の声。ドンドンと窓口を叩くおじさんがいる。
気持ちはわかる。

関東最強のパワースポットと称される古社で、狛犬がオオカミなのである。
当山大縁起によると『日本武尊は景行天皇の命を受け、東国平定の際、オオカミの案内で三峯山に登り国生みの神イザナミ・イザナギを祀る仮宮を造った。その後、景行天皇は日本武尊が平定した東国を巡幸し三峯山に登り、三山高く美しく連らなることから「三峯の宮」の称号を授けたという。

♬ オオカミが武尊(たけるのみこと)を案内す片割れ時の三峯神社は

狛犬はここではオオカミである

閉まってしまった受付窓口

日本武尊像

諏訪湖サービスエリア
中央高速の諏訪湖サービスエリアに到着したのは、22:39であった。


息子の家
前回4/23 ( 日 )の訪問から外構工事が進んでいた。
今日は、帰宅する前に千葉県のお土産(ぴーなっつ最中)を届けに寄ったのである。


(更新日2023/05/27)【歳時記(5-2) 】に追加
短歌会の見学 2023/05/24(水)

津市内で一番高いビルの一室での、月1回の短歌会である。
歌人Nが私が見学者であることを、全員に紹介し、それは始まった。
会員はその月の15日までに短歌を2首詠み、当番はその作者名を伏せて一覧表にして、短歌会で配るのである。
私も予め2首を歌人Nに送ってあり、Nは当日黒板にその2首を書いた。
それを、会員全員が一覧表の続きに十四、十五として書き写した。(従って私の短歌はバレバレである。)

各々に小さな紙が配られ、そこに気に入った短歌を4首選び、紙に番号を書いて先生に提出する。
先生は誰がどの短歌を選出したのかを発表する。
そこで先生は、一首づつ、それを選んだ理由を発表させ、そのコメントとともに先生の批評を加える。
そこで、誰の短歌なのか発表し、作者としてその次の短歌の批評に移るのである
最後に私の順番が巡ってきた。

十五 足元で雀が芝生をつつきをり同じこの地で生きる感触 (一人に気に入った短歌に選ばれる)
十六 手賀沼の向こう岸の建物の湖面に映るや空の蒼さも  (二人に気に入った短歌に選ばれる)
ゴールデンウィークの埼玉への旅での二首である。

先生によれば、短歌で表現したい内容に必要な語句は揃っているが、「てにをは」の使い方が十分ではないとのこと。
とくに濁音「で」は使ってはならないといわれた。
十五 足元雀が芝生をつつきをり同じこの地生きる感触 
十六 手賀沼の向こう岸なる建物の湖面に映るや空の蒼さ 

この2時間で16首の短歌の鑑賞と批評は日常ではできない。
やはり短歌会は上達への必要条件であるようだ。

(更新日2023/05/31)【歳時記(5-2) 】に追加
♬ 女の子が無事誕生!2023/05/30(火) 05:21

この5月3日に会ったばかりの彼女の家族
これで三姉妹になった。

彼女にとって三姉妹は何かにつけ強力な助っ人になるだろう。

♬ 無事生まれ名付ける前に行く末の心を巡らすまわりの幸せ

♬ 空つかみ母をさがす赤ちゃんに誰それ似てると弾む嬉しさ

♬ 約束だ きっと幸せになるんだよ心の中で指切りをする

おめでとう!
でっかい明日に乾杯!

(更新日2023/06/04)【歳時記(5-2) 】に追加
♬ 40回斎王まつり 月あかり群行 2023/06/03(土)19:00~

昨年の39回斎王まつりでは昼間の斎王群行を見学したが、今年はそれに付け加え、月あかり群行というイベントを考えたようである。
前日までの、全国各地の線状降水帯の被害が報告される中、夜空に大きく月が出て、斎王や関係者一同の祈りが通じたのである。


明和町出身の作曲家・長岡成貢が手掛ける音楽家集団ひめみこプロジェクトの歌と演奏が、夕暮れの幽玄の世界で始まった。


月あかりの群行
ひめみこプロジェクトの現代版雅楽と表現させていただくが、そのプログラムの最後の曲に合わせ、同じ境内でミニ群行が始まった。
雰囲気にピッタリの演出だ!
パンフレットどおりの、月あかりの斎王群行が実現した。


このまつりは斎王という女性のまつりである。
櫛田川に櫛を捨て、斎王としての決意を込めて、斎宮に入る。
斎王まつりは、女性としての未来を断ち切って斎王となった彼女たちの涙に対するレクレイムであると思う。
華やかであればあるほど悲しみが増す。

見物人の前でひざまずき、群行を見守る若い女性を見つけた。
たぶん、群行を円滑に演出するスタッフだろう。学生ボランティアか、行政ウーマンか。

しかし、過去から、この群行をこっそり見守る倭姫命かも知れない。あるいは大来皇女か、恬子内親王か・・・と、女性のまつりを見ている男性の妄想である。


♬ 倭姫か?群行見守るその瞳送る霊波にエールを込めて

♬ 斎王を癒し続ける明和町舞台の上のスポットライト

♬ 斎王の涙を笑顔にするためにまつりのキャストの心は一つ


(更新日2023/07/19)【歳時記(5-2) 】に追加
千葉の三姉妹に会いに行く!2023/07/16(日)~07/17(月)

千葉に三人目の孫が生まれたのは5月30日であった。
丁度、妻の父親が退院し、妻が実家に泊まり掛けで介護をしていた時期に重なり、全面的に娘の義理の母にお世話になり、その後育児休暇を取得した夫に面倒を見てもらいながら今に至っている。
感謝の一言である。

スカイツリー
出発当日は、母親にとって初めてのショートステイの経験である。
私も部屋を見に行った。母親は食堂兼居間に集まっていた利用者に丁寧に挨拶をしていた。
ちぎり絵講座の講師を半世紀ほどしていたので、その点は頼もしい母親である。
途中、愛知県の息子の家に立ち寄り、「出産祝い」を預かった後、東京に向かったのである。

千葉県に朝早く入るために、前日は東京に泊まることにした。
スカイツリーの照明に憧れて、近くに宿をとった。
どれ程近いかというとこれくらい


ベッドに上向きに寝て、窓からの景色を撮った。
2分間隔で照明の色が変る。
24時まで光りの饗宴であるが、疲れて寝てしまった。

千葉の三姉妹

娘が予約してくれていたカレー専門店で実においしい昼食を頂き、孫たちの笑顔と額に入った七五三の写真をお土産に帰路についたのである。毎回のことであるが、娘の夫のきめの細かい心遣いに感謝しながら。

(更新日2023/07/30)【歳時記(5-2)】 に追加
♬ 津花火大会 2023/07/29(日)

あるスーパーの駐車場に停め、そこから徒歩で30分かけて波打ち際へ到着。
海岸は既に人々で一杯で、我々の前には若者が数名陣取っている。
大きな声の異国のことば。
~花火は静かに楽しむもの~と言いたいが、多分その文化はない。
昨年は女の子が波打ち際で戯れる優しい声と波の音。
今年はsituationが悪い・・・と諦め、花火に集中した。
花火は次々と新型が発表されてはいるが、夜空に絵を書くとか時間の経過で楽しむ花火とか技巧に走り、結局インパクトが少なく印象はそれほどでもない。
従来の一瞬の輝きを楽しむ花火と性質が異なってきたようだ。
花火が空や海に映る一瞬の輝きの後は、短歌が言葉で映し出すように、静寂という世界をより印象深く映し出すことができる。
やはり今年も「綺麗だな~」

♬ 津の花火 まばゆい後の静寂さ波打つ音と戯れの声


(更新日2023/08/06)【歳時記(5-2)】 に追加
♬ 久居花火大会 2023/08/05(土)

久居花火の最大の特徴は目の前で花火が上がるということにある。
眩い光りと身体に響く音がほぼ同時で、眺める角度が高い。
津市の花火は海岸から眺めると「打ち上がった後に訪れる静寂の中の美しさ」であり、久居の花火は陸上自衛隊久居駐屯地内での「迫力爆発」である。

♬ 輝跡引き 打ち上げ花火その刹那彩る閃光きみの横顔


(更新日2023/08/20)【歳時記(5-2)】 に追加
♬ 赤川花火大会と鎮魂家


BSの番組表に30回赤川記念花火大会中継の記事が載っていた。
山形県の赤川とは私が就職した計測器メーカーの先輩庄司さんが遊んだ故郷の川である。
記事が目に留まったのも偶然ではないと思う。
『妻、子供、そして孫たちへ』という、庄司さんがご家族へ残された201ページに及ぶ本がある。
そのエッセイの中に「赤川」の語句が掲載されていたことも思い出したが、このことも偶然ではないと思う。
きっと、そうだ!
花火のライブの間『ご先祖様』として庄司さんの来訪があったのではないか
ライブが終わったとき、「また来てください」とつぶやいたのである。

♬ 満天の夜空の花火が映し出す夏の赤川とうとうと流る


(更新日2023/09/02)【歳時記(5-2)】 に追加
♬ 2023-09-02 風の盆(テレビ Live放送)

鏡町の「おたや階段下広場」での夫婦踊りが紹介された。

2006-09-02の風の盆では、夫婦で豊年踊りを踊ったことを思い出す。
観光客が唯一踊れる上新町の"輪踊り"であった。"

♬ 風の盆やさしく過去にいざなわれきみの輪踊りたをやかな指

(更新日2023/09/21)【歳時記(5-2)】 に追加
誠之地区敬老会 2023/09/17()

本人(私)が知らぬ間に誠之地区社会福祉協議会の高齢者部会に入れられ少々戸惑いを感じている。
以前、私は久居市社会福祉協議会(10市町村合併により津市社会福祉協議会久居支部)の職員であった。
その当時から誠之地区社協で活動していた女性にお世話になっていた(現在誠之地区社協の会長)関係から、いやとはいえない性格も手伝って高齢者部会の構成員と相成った。

本日はこの誠之地区社協の敬老会である。
本来なら94歳になる母親をつれて参加するのが当然であろう。
しかし、本人が参加しないと意志を示したので予定通り敬老会のスタッフとして参加することになったのである。

敬老会が終わり、ほっとする間もなく"高齢者ふれあいの集いについて"と称する高齢者部会の会議の案内ハガキが届いた。
新たな高齢者部会への要請である。活動は自治会長と比較しても半端なく多い。
これ、少々辛いのである。
もっと自分を大切にしてもいいんだよと、もっと自分にアロワーを送ろうか。

 

(更新日2023/09/21)【歳時記(5-2)】 に追加
奈良の薬師寺へ行く 2023/09/18()

母親はデイサービス以外の日にはベッドにいることが多くなった。
母親を家から連れ出すために、叔父(父方)を誘い、奈良の西ノ京の薬師寺へ行くことにした。
薬師寺は玄奘三蔵院伽藍があり、平山郁夫画伯の「大唐西域壁画」7場面が常時展示されいる。
この意味で油絵が趣味の叔父にとって最適の場所である。
叔父は一人暮らしで、理容店を一人で経営する85歳の現役理容師である。

母親は駐車場から三重塔・金堂までは歩き通した。しかし、玄奘三蔵院伽藍までは体力的に無理と思ったのか断念をし、シルバーカーに座り我々二人を待つことにした。
叔父は平山郁夫画伯の「大唐西域壁画」に大変満足した様子である。
近くの唐招提寺に寄ってみたが、東山魁夷の襖絵の拝観はできなかった。
ちょっと虫が良すぎたようである。


(更新日2023/10/06)【歳時記(5-2)】 に追加
結婚記念日(42回目) 2023/10/04(水)

41年間 愛と忠実を尽くす・・・早いものだ!もう一年が経過した。
今回は記念日を忘れてしまった。別に居直っている訳ではない。

妻の両親は高齢の二人暮らし(夫91歳、妻87歳)である。
どちらかと言えば父親が家事と母親の介護をしている状態である。
近くに買物ができる店はなく、妻・近所の方・妻の叔母・妻の義理の姉等が連携を取りながら支援をしている。

その父親が大腿部骨折で入院・手術した。
突然、今までより濃密な母親の介護が必要になった。
従って、この数日間はケアマネージャーと訪問介護・配食の追加計画やその契約書の作成、父親の退院後のリハビリ病院の選定など、上記メンバーと遠方の弟夫婦も巻き込みながら連携を取り合っている。
この時点で、妻は実家から出勤して、昼食はわが家で取り、職場から15時に実家に向かう毎日である。

一方私の方は、今の母親の状態であれば、一人で介護はできる。
自力でトイレに行くことができ、衣服の着脱もほぼ自分でできる。
シルバーカーで700m程度は歩ける。
週2回のデイサービスと週1回の訪問リハビリを受けている。

42年間 愛と忠実を尽くす・・・今は毎日毎日が互いに愛と忠実を尽くす結婚記念日である。
いい歳をして顔向けも出来ない表現だが、人生に対しては一瞬の想いであるが長く残したい想いでもある。
きっと見習歌人としての自覚ができてきたのではあるまいか。

♬ お互いの親を看る日の毎日は「愛と忠実」の結婚記念日

妻の家族親戚のやり取りはとても居心地の良い雰囲気なのである。