片付け(1)


片付けは永遠の修行

問題はそれができるかどうかである

二階の便利な生活
二階には、居間、台所、食卓、バス、トイレがあり、ここだけで生活できる。
その時、思ったのである。収納場所がもう少しあれば片付けられる。
 3)二階に便利な収納場所(参照)

物の片付け
断捨離、だす→わける→へらす→しまう、動線の最適化、アクションの最小化、ミニマリスト(最小限を主義とする)、タメコミアン(最大限を無自覚に膨張)
上記のように、物の片付けにはいろいろな言葉が本やテレビにあふれている。断捨離提唱者の山下英子氏は「断捨離とは…モノとの関係を問い直し、モノとの良好な関係を築こうとすること」と説明している。

物からの自由
先輩の庄司さんへのメール
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さる映画で、放浪をしている役をしている北野武が、高倉健にこう話しかけました。
「あなたは、旅と放浪の違いがわかりますか。」
「旅は目的がありますが、放浪には目的がありません。」
「旅は帰る場所がありますが、放浪には帰る場所がありません。」
私は物には放浪ではなく、旅をしていただく、と思っております。物に敬意をもって大切に接し、目的が終われば元の場所に戻す。
「片付ける」ということは帰る場所がすでにあるということです。目的に沿った適切な帰る場所…実践の究極には、片付けるという言葉さえ消えて、物から自由になる。
これは日本文化の美であると確信しておりますが、散らかしまくっている物に懺悔しながら、実はもっと適切な場所があるのではないかと、日々修行をしております。
慚~愧、懺悔、六根清浄~
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思いの片付け
ならば、思いにも旅をさせようか。
溢れ出る喜びで、癒されぬ悲しみで、思いはいつも心をおおう。
『思いの片付け』とは、客観視による帰る場所の決定ではないか。
帰る場所が決まったら、そろそろ帰るときだよと、そこにストックすればよい。
『思いの片付け』を続ければ、喜びや悲しみの囚われ人は消え去り、喜びや悲しみの共感人に成るのではないか。
帰る場所が決められなくても、悩むことはない。流れゆく時が『思い出』として、最適な場所を決めてくれる。


心の片付け

ならば、心にも旅をさせようか。
心はいつも、過去と未来を見る。
『心の片付け』とは、過去の人生の確認ではないか。
「こうすれば良かった、ああすれば良かった」という、過去の反省や後悔ではない。「このように生きてきた」という、ありのままの肯定である。
ある人生を確認しては、もとの場所へと返す。
『心の片付け』は、未来に人生を押し出すきっかけになるのではないか。
啓蟄の頃の虫の様に、ごそごそと土から這い出すことができるかも知れない